「もの忘れ外来」をご存知ですか?
親御さんが「直前の行動をよく忘れる」「約束を忘れる」など、もの忘れが増えてきたことに戸惑うご家族もいらっしゃるかと思います。
親御さんがもの忘れなのかそれとも認知症なのか判断できない場合、頼りになるのがもの忘れ外来です。
今回は、高齢者のもの忘れと認知症の違いや、もの忘れ外来では具体的にどのような診察が受けられるのか説明します。
加齢とともに記憶力の低下、判断力や適応力の衰えから、もの忘れが次第に増えるのは当然のことです。
もの忘れには、加齢によるもの忘れと病気として扱う認知症があります。
加齢によるもの忘れは自然現象であり、治療が必要な認知症とは根本的な原因が異なるため、正しく見極めることが大切です。
それぞれの特徴や違いについて見ていきましょう。
加齢によるもの忘れを良性健忘と言います。
記憶には、情報を覚える「記銘」、情報を記憶として留める「保持」、情報を必要に応じて思い出す「想起」の3段階があります。
加齢によるもの忘れは「想起」の機能が低下するため、覚えたことを思い出すまでに時間がかかる状態です。
例えば下記のような状況がもの忘れと言えるでしょう。
加齢によるもの忘れは、ものを置いたことや食事をしたこと自体は覚えており、ご本人が忘れているということに対して自覚があります。
時間や場所などの把握はできるため、日常生活に支障がないことがほとんどです。
認知症は、正常に働いている脳の機能が低下し、記憶や思考へ影響を及ぼす疾患です。
ものごとを記憶したり判断したりする能力や、時間や場所、人などを認識する能力が低下するため、日常生活に支障をきたします。
例えば下記のような状況が起きたら、認知症の可能性があるといえるでしょう。
・約束したこと自体を忘れる
・食事した記憶がなく、何度も催促する
・歩き慣れている道に迷う
・家電などの使い方がわからなくなる
・物事を計画立てて行えない
認知症は体験した全体の記憶が抜け落ちるため、ご本人には経験した記憶がありません。そのため、何度も同じことを尋ねるといった現象が特徴的です。
認知症の原因は、アルツハイマー病、脳血管障害による認知症、レビー小体型認知症、診断が難しい高齢者タウオパチーなど多数あります。最も発症数が多いのはアルツハイマー病を起因とした認知症です。
アルツハイマー型認知症は、いつどこで何が起こったかという日常の出来事や、思い出の記憶が初期から障害されます。
一方、レビー小体型認知症は、初期段階で記銘力障害は目立ちませんが、注意力や1つのことをやり遂げる遂行能力の障害が顕著にあらわれます。
もの忘れ外来は、加齢に伴う「もの忘れ」と、病気として扱う「認知症」を区別して、適切な治療に繋げることを目的とした専門外来です。別名メモリークリニックとも呼ばれています。
「もの忘れくらいで病院に行ってもいいの?」と悩んでしまう方もいらっしゃるでしょう。
そんな時には、もの忘れ外来という選択肢もあります。
もの忘れ外来は、正式な診療科ではありません。
担当している医師は、認知症の分野を専門とする神経内科、精神科、脳神経内科、老年科などさまざまです。病状によっては臨床心理士が対応します。
もの忘れ外来を行なっている病院がお近くにない場合や、すぐ診察を受けたいのに予約が取れないというケースもあります。
MCI(軽度認知障害)や認知症の疑いがあるときは、日本認知症学会認知症専門医、日本老年医学会老年病専門医などの資格を持っている医師が在籍している精神科、脳神経内科、老年科で診察を受けてもかまいません。
重篤な内科・外科疾患をお持ちの方は、高齢者専門の総合医療機関(老人医療センターなど)の受診を検討しましょう。
認知症の発症を予防するためには、前段階であるMCI(軽度認知障害)の早期発見がとても重要です。
MCI(軽度認知障害)の詳しい症状や検査方法などは、下記を参考にしてください。
【MCI(軽度認知障害)とは?知っておきたい認知症の前段階と進行対策】
https://navi.lyxis.com/article/nursing-education/mci/
もの忘れ外来では、加齢によるもの忘れか認知症かを判別するために、次のような検査を実施します。
【問診】
初診時には必ず問診を行います。
いつ頃からどのような行動に違和感を覚えたのか、現在困っていることは何か、これまでかかったことのある病歴や現在の健康状態などを尋ねられます。
【神経心理学検査】
知的機能や認知機能、記憶力、実行機能を確認するために行います。
HDS-R(長谷川式簡易認知機能スケール)やMMSE(ミニメンタルステート検査)という神経心理検査です。
日付や簡単な計算問題などの簡単な質問を投げかけて、脳の働きをチェックします。
【脳画像検査】
MRIやCTなどの画像検査を実施して、脳の萎縮や血流量から脳出血や脳梗塞などの有無を調べます。
【SPECT、PET検査】
脳の血流や代謝を調べるSPECT検査や陽電子放射断層撮影PET検査を用いて、脳の機能を調べる画像検査、脳波検査などを実施します。
認知症の確定診断には欠かせない検査です。
【その他の検査】
認知症かもの忘れ、または別の病気の有無を判別するため、心身の状態に合わせ血液検査やレントゲン検査などを実施する場合があります。
もの忘れ外来の診察は、1〜3割負担の医療保険が適用されます。受診時にかかる費用の目安は以下の通りです。
【3割負担の場合】
検査数や種類によって費用は大きく異なります。病院の方針によって検査内容は変わるため、専門的な検査数が増えるほど費用の負担も増える傾向です。
詳しい費用に関しては、検査の前に病院へ確認しましょう。
2025年の日本では、認知症にかかる方が約700万人になるのではないかと言われています。
自分自身やご家族に異変を感じたら、早めにもの忘れ外来を受診し、医師や専門家から診断と適切な対応を受けることが大切です。
認知症を完全に予防することや完治させる治療法は、現在確立されていません。
しかし、認知症を早期に発見することで、進行を遅らせたり、周囲の理解や協力により今までの暮らしを継続したりできる可能性が高くなります。
もの忘れくらいで病院に行けないと思わず、まずはもの忘れ外来を利用してみるのも良いでしょう。
どんな症状や言動が出てきたら受診すべきか迷うものです。
「公益社団法人認知症の人と家族の会」が作成した早期発見の目安を紹介します。
もの忘れがひどい
判断力・推理力が衰える
時間・場所がわからない
人柄が変わる
不安感が強い
意欲がなくなる
参考:公益社団法人認知症の人と家族の会 家族がつくった「認知症」早期発見のめやす
https://www.alzheimer.or.jp/?page_id=2196
上記の内容は医学的な診断基準ではありません。
日常生活で思い当たる項目があるときは、早めに認知症専門医へ相談しましょう。
ご本人に気になる症状があらわれ、ご家族が受診を勧めてもご本人が拒否するケースも見受けられます。とくに、もの忘れ外来や認知症外来などの診療科を受診することに対し、抵抗を感じる高齢者の方も多いでしょう。
このような場合は、医師や介護の専門職と連携することが大切です。
ご家族の受診の提案には素直に応じない方でも、信頼できるかかりつけの医師やケアマネジャーの助言には耳を傾けてくれる場合もあります。ご家族がかかりつけ医などに現状を相談した上で、簡単な検査をしてもらい認知症専門医への受診を促すことで応じやすくなるでしょう。
ご家族が心配に思う気持ちがご本人の心に伝わることで、病院に行ってくださる高齢者の方もいらっしゃいます。ご本人の病状や性格を踏まえて、スムーズに進む方法を見つけましょう。
認知症の兆候がある方への受診の促し方に関しては、下記を参考にしてください。
本人に認知症の自覚がない場合、どうやって病院に連れて行く?〜「認知症予防の最前線と早期発見のポイント」セミナーから(3)〜
https://navi.lyxis.com/article/seminar-report3/#toc2
・加齢によるもの忘れと認知症は異なる
・もの忘れ外来は、加齢によるもの忘れなのか認知症なのか分からない時に受診することができる
・認知症は早期発見、早期対応が大切
もの忘れの原因が老化によるものか、認知症によるものかを生活の中で見分けることは困難です。
もの忘れ外来は、心身の様子や症状から総合的に判断します。
「いつもと様子が違う…」「認知症かも?」と親御さんの異変を感じたときは、早めにお近くのもの忘れ外来を受診し、専門医に相談しましょう。
岩瀬良子(いわせ・りょうこ) 介護支援専門員(ケアマネジャー)・介護福祉士 京都大学卒業後、介護福祉士として、介護老人保健施設・小規模多機能型居宅介護・訪問介護(ヘルパー)の現場に従事。その後、育休中に取得した介護支援専門員の資格を活かし、居宅ケアマネジャーのキャリアを積む。「地域ぐるみの介護」と「納得のいく看取り」を志している。