【イベントレポート②】在宅医療の最前線『老いのメカニズム』とご家族のリテラシー<中編>

【イベントレポート②】在宅医療の最前線『老いのメカニズム』とご家族のリテラシー<中編>

イベントの中では、在宅医療のトップランナーであられる専門医による最新の知見や、ビジネスケアラーとして親族の介護と仕事の両立を果たしてきたお二方の生のお声などをいただきました。

 

<当日のプログラムおよび登壇者> 第一部【基調講演】 「在宅医療の最前線 『老いのメカニズム』とご家族のリテラシー」 講演者:佐々木淳先生(医療法人社団悠翔会理事長・診療部長)

第二部【パネルディスカッション】 「ビジネスケアラーの『実践サバイバル術』とは」 登壇者:崎山文乃氏、大屋奈緒子氏、佐々木淳先生、弊社大隅聖子、木場猛

本記事では、第一部の基調講演の中盤部分をダイジェストにてご紹介します。 ⇒前編レポートはこちら

第一部では、実際に高齢者向けの在宅総合診療を行っている 佐々木淳先生にご登壇いただき、基調講演を開催いたしました。

講演の内容は、「緊急搬送」を始めとした高齢者の医療との関わり方から始まり、人間の老い方、そして、当事者・ケアラーともに「悔いのない最期を迎える」ために必要な考え方について、最新の知見を交えた解説まで広がりました。

講演者プロフィール

佐々木 淳(ささき・じゅん)医療法人社団悠翔会理事長・診療部長

社会福祉法人三井記念病院内科、消化器内科、東京大学医学部付属病院消化器内科等を経て、2006年に最初の在宅療養支援診療所を開設。2008年に医療法人社団悠翔会の理事長に就任。2021年より内閣府規制改革推進会議専門委員に任命される。現在は、日本全国に合計21のクリニックを展開して、約7000名の在宅患者へと24時間対応の在宅総合診療を行っている。
(プロフィール写真提供:幡野広志)

 

●健康寿命を延ばしても、要介護期間が減らない理由

人間はだれもが歳をとる

基調講演の前半では、孤独死や病院死など、「現代日本における大多数の最期のかたち」が佐々木先生の口から語られました。そして、そのような「望まない最期」を減らすために在宅医療ができることについても触れられました。

そういった現実を踏まえた上で、先生は「加齢」についての話を切り出します。

「入院を繰り返して衰えていくのではなく、人生の最終段階を豊かに、楽しく送ることは必ずできます。ですが、そのために皆さんに知っておいてほしいのは、『歳をとる』とはどういうことか、ということです」(佐々木先生)

人間の身体機能のピークは30歳にあると言われています。30歳を境目に体力を失い、徐々に弱っていって、食事が摂れなくなって、動けなくなり、そっと息を引き取る。これが、俗に言う「老衰」という死に方です。

しかし、日本では医療の発達によって、この「老衰」という死に方ができる人は約5%ほどしかいません。救急車で病院に運ばれたけど間に合わなかった、いわゆる「突然死」を迎える方は約15%います。

では、残りの80%の方はどう亡くなっているのでしょうか。その実態は「救急搬送からの入院、そして要介護からの衰弱死である」と、佐々木先生は言います。

疾病モデル80%

「人生の最期は山あり谷ありです。どこかで大きな病気をして、病院に運ばれて一命を取り留める。リハビリをして家に帰ってくるんだけど、要介護状態になってしまう。今度は転んで転倒、骨折をする。入院して手術をして帰宅したら、誤嚥性肺炎を起こす。

肺炎って一度起こすと繰り返すんです。2回、3回と繰り返すうちにだんだんご飯が食べられなくなって、『胃ろうを作りますか?』と先生から聞かれます。『チューブの栄養はけっこうです』、『じゃあ、点滴しますか?』、『点滴します』。すると、だ液や痰の量が増えます。でも、自分で飲み込むことができない。だから誰かが吸引しないといけないんですね。

最期まで点滴をしながら、吸引しながら、そして病院で亡くなられる。実は日本人の8割は、人生の最期をこんな感じで過ごしているんです」(佐々木先生)

こんな死に方をしたいと思っている方はどれだけいるのでしょうか。私たちが望む最期を迎えるために知っておくべきことは、「健康寿命」という考え方です。人間は、亡くなる10年ぐらい前に健康寿命が減っていき、健康寿命が終わった後に大変なことが増えてゆきます。

「結論から言うと、健康寿命は延ばせます。2000年、日本人の平均寿命は男性が78歳、女性が85歳でした。当時の日本人の健康寿命は、男性が70歳、女性は75歳。そのギャップは男性が約8年、女性は約10年ですね。2000年から『健康寿命の延伸プロジェクト』というのをいっぱいやってきた結果、現在では日本人の健康寿命は男女ともに約2年延びました。

しかし、健康寿命が延びると同時に平均寿命も延びたので、健康寿命が終わった後の期間は短くなりませんでした。

残念ですが、『健康な期間を長く延ばすことで要介護期間を短くする』というのは、難しいことだと理解しておく必要があります」(佐々木先生)

なぜ、要介護期間を短くすることはできないのか。その理由は、先ほど述べた「加齢の流れ」にありました。

「60、70代で要介護の人は多くありませんが、80、90代になると、二人に一人は要介護状態になります。また、認知症も同様に、60、70代では少ないですが、80、90代になると、とたんに認知症の割合が増加します。

これらのデータが示しているのは、『高齢者の要介護や認知症は老化に伴う現象であって、病気や障がいとは違うのではないか』ということです」(佐々木先生)

 

●高齢者は低栄養を避けることが最優先

治療はどこまで?

人間の身体機能は30歳を境目に落ちていきます。例えば、神経伝達速度は80歳になると2割低下、心臓機能は4割、呼吸機能は6~8割、腎機能も8割低下するとされます。

しかし、30~40歳で腎機能が2割しか残っていなかったら腎不全ですが、80~90歳では、果たしてどうでしょうか。「老化による自然の成り行き」と捉えるむきも少なくないのではと思います。

「これからの社会では、年齢とそれまでたどった経過を省みて、老化なのか、病気なのかを判断することが大切になってくるでしょう。単純に数値だけを見て病気と捉えた場合、最期の最期まで治療に時間を費やすことになります。投薬についても副作用のリスクがあるので、治療によって得られる予後の状態と、何もしなかった場合とをよく比べて治療を決定するべきでしょう」(佐々木先生)

高齢者の骨折理由の大半を占めている「転倒事故」ですが、この転倒の約4割には薬が関係していると言われています。5種類以上の薬を飲むようになると転倒リスクが有意に上昇するとして、海外では「高齢者には5種類以上の薬を飲ませてはならない」という基準があります。ですが、日本の基準は「10種類までなら問題ない」となっています。

「フランスとイタリアの老人ホームに入居している80歳以上の要介護の高齢者に対して、『血圧をちゃんと治療してる人』と『ちゃんと治療しないで血圧が高めの人』を比べた結果、血圧をちゃんと治療した人たちのほうが、実は死亡率が高くなっているということがわかりました。これは、血糖やコレステロールの場合でも同様です。若い人たちと高齢者は実は違う生き物である、ということを知っておく必要があるかなと思います」(佐々木先生)

この違いの理由は、「治療によって得られるメリット」が高齢者は低下していくからだ、と言います。高血圧、高血糖、高コレステロール状態にあると、脳梗塞、心筋梗塞、動脈硬化性疾患のリスクが高まるのですが、「老化すると、自然とそれらの病気になるため、治療してもしなくても予後は変わらない」のです。むしろ、薬の副作用が出やすくなったり、食事を制限したことによる栄養失調のリスクのほうが危険になってくるのが、高齢者のケースです。

「いま飲んでいる薬を一つ一つ見つめ直して、メリットとデメリットのどっちが大きいかを考えて、本当に必要な薬を選べる、そんなお医者さんを見つけることが、老後の健やかな生活のために大事なんだろうなと思います」(佐々木先生)

高齢期にはリスク要因が変わる

佐々木先生が調べた結果、高齢者の9割は低栄養状態だったそうです。栄養が足りないと、筋肉量が減少して、運動機能が低下してしまいます。

「高齢者の二大入院理由である肺炎と骨折ですが、全く違う病気に見えるこの二つは『低栄養かつ筋脆弱性』という背景要因で共通しています。

食事を摂る量が減ってきて、栄養が足りなくなって、筋肉が減ります。筋肉が減って運動機能が低下することで、誤嚥性肺炎や転倒骨折が起こりやすくなります。それによってベッドの上にいる時間が増えると、褥瘡ができたり、尿路感染を起こします。すると、最終的には認知症が加速します。

高齢者の場合は『しっかり食べる』ということをやっていかなくちゃいけません。場合によっては、ハンバーガーでも吉野家の牛丼でもかまいませんので、しっかりカロリーとタンパク質を摂ってもらい、低栄養を避けることが健康寿命を延ばすためには大切です」(佐々木先生)

 

●看取り方をどうするべきか

人生が進むと・・

佐々木先生はここまでの講演の中で、「健やかな老後生活を送るために、健康寿命をどうやって延ばすか」について語ってこられました。

ですが、いくら健康寿命を延ばしても、必ず「どう上手に関わっても、高度な医療を受けても、残された時間の長さは変わらない」という限界が訪れます。この時期のことを、佐々木先生は「看取り」と呼んでいます。

「人生を山で例えた場合、最後の下山の部分ですね。病気や障がいがどんどん治らないものになっていく中で、限られた残りの時間をどう使うか。あえて、『もう人生の時間は限られているんだ』と割り切ることで、残り時間に対して前向きになれるかと思います。

『治らないことを認めろ』というと『人生を諦めろ』と言われているように聞こえるかもしれませんが、逆です。病気を治すために人生を使うんじゃなくて、残された時間を自分の優先するもののために使うことができるようになるんです」(佐々木先生)

これまでがんばって登ってきた人生の山。それを下っていくにあたり、どこまで下りてきたのか、これから、どんな下山ルートがあるのか。たとえ、残された期間が短いものであっても、その時間をどう過ごすのかは完全に本人の自由です。

どんな過ごし方が当人にとって一番幸いなのか、そのためにはどんな準備が必要なのか。ケアラーとなる私たちは、そういったことを佐々木先生を始めとした専門家の先生や、介護職の方々と話し合いながら固めていく必要があります。

⇐ 前編レポートはこちら
【イベントレポート①】在宅医療の最前線『老いのメカニズム』とご家族のリテラシー<前編>

後編レポートはこちら⇒
【イベントレポート③】在宅医療の最前線 『老いのメカニズム』とご家族のリテラシー<後編>

▼ビジネスケアラー経験談はこちら
【イベントレポート④】ビジネスケアラーの「実践サバイバル術」とは<崎山さんのケース>
【イベントレポート⑤】ビジネスケアラーの「実践サバイバル術」とは<大隅さんのケース>

この記事の監修者

a.tamemoto

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