2023年9月15日、リクシスは、第9回『全国ビジネスケアラー会議』を開催いたしました。
これから高齢社会がより一層加速し直面する「仕事と介護の両立」。現役のビジネスパーソンが突如として介護と仕事の両立の壁に立たされたとき、働き方や介護の方法について、どのような選択を行うべきか悩む声が後を絶ちません。
今回は「親がかたくなにいうことを聞かない、どうするべき?」「子育てしながら親の遠距離介護はできるの?」など、皆さまからお寄せいただいたご質問を各分野のプロから知識や経験をもとにお答えします。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
①仕事と介護の両立支援について(リクシスCCO 木場猛)
②認知症ケアについて(くらしあす代表 坂本孝輔氏)⇐このページのテーマ
③育児と介護のダブルケアについて(NPO法人こだまの集い 室津瞳氏)
④なんでも質問大会 Q&A(前編)
⑤なんでも質問大会 Q&A(後編)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
▼当セミナーのアーカイブ動画はこちら(無料会員限定でご視聴いただけます)
坂本 孝輔(さかもと・こうすけ)
株式会社くらしあす代表 東京都認知症介護指導者・介護福祉士
1974年東京都新宿区生まれ。介護専門学校を卒業後、特養・訪問介護・ケアマネージャー・ 福祉用具・小規模多機能・グループホーム等の経験を経て、 2012年に株式会社くらしあすを起業。
通所介護事業(デイサービス)等を運営するかたわら、現場でも面白おかしく働く毎日。認知症ケアをライフワークとし、施設や家族介護の課題解決の支援に力を注いでいる。認知症介護の研修講師としても活動。
共著『認知症の人の「かたくなな気持ち」が驚くほどすーっと穏やかになる接し方』(すばる舎)は、Amazonランキング「介護」においてベストセラーを記録。
前回は、仕事と介護の両立支援の制度や介護の初動で必要な情報の集め方などについて、木場氏にお伝えいただきました。
今回は、誰もが不安を抱えると言われる認知症について、介護の最前線でご活躍されている坂本孝輔氏にご登壇いただきます。認知症はマイナスなイメージをお持ちの方も多いようですが、実は関わり方や環境次第でお互い幸せになれる道があると坂本氏はおっしゃいます。
認知症の方が前向きに生活できるような声かけや、関わり方のご経験をもとにお伝えしてまいります。
坂本氏にとって、職業人生を変えてくれた今でも忘れることのできない恩人がいらっしゃるそうです。
「27年前に特別養護老人ホームで初めて働いた時、元映画俳優のNさんという少し手強い方を担当しました。
Nさんは、長い間老人病院で寝たきりの生活をされていたため、体が変形しまっすぐ椅子に座ることができません。常に怒っていて、介護スタッフが触れようとするだけで「痛い」と叫ぶので、どんなケアを行なっていくべきかとても悩みました。
ある日、食事の時間に、ベッドからリクライニングを少し下げた状態の車椅子に座る取り組みをしたところ、Nさんがいつも痛いと言うはずの右手で手すりを掴んで、グイグイ車椅子を動かそうとしたのです。
自分で動きたいって気持ちがあるということに気づき、介護スタッフと一緒にNさんのリハビリを行うことにしました。するとNさんも少しずつ座位がとれるようになったのです。
そうなると私自身も欲が出てきて、Nさんが好きそうな横田基地で行われる夏祭りに連れて行ってあげたいと思うようになり、3か月くらいかけて長い時間座るためのリハビリを行いました。そして無事に夏祭りを楽しむことができたのです。
以降、座位が取れるようになると活動の幅が増えて、施設で行われるイベントにも率先して参加するようになり、入所したときよりも笑顔が増えて良い表情をしてくださるようになりました。
Nさんには、寝たきりで楽しいことがなさそうな方でも、関わり次第で変われるのだということを教えてもらい、勇気をもらいました。介護の仕事がとても好きになるきっかけをくださり、私の職業人生を変えてくれた方です」(坂本氏)
どんな介護の形でも、介護する側とされる側がどちらも幸せになれる道があると信じて仕事に従事している坂本氏。
日々、高齢者の方と過ごす上で大切にしている言葉があるそうです。それはこちらの言葉。
「誰かを助ける行為によって助けた自分が救われる」ヘルパーセラピー原則(リースマン)
「食欲がなくて食事を食べない方に、甘えたふりをして『僕も食欲がないから食べさせてほしい』と伝えたことがありました。するとその方は『いいわよ』と言って食べさせてくれたんです。
そのお返しにこちらから箸を向けて『どうぞ』と言うと、結局全部食べてくれました。
食欲を助けたいという思いで行なった関わりが、高齢者自身も『相手を助けた』という気持ちになって食欲に繋がった。この行為こそが、ヘルパーセラピー原則であると実感しました」(坂本氏)
認知症を患うと、食事や金銭管理、物忘れ、家事ができなくなる、ゴミ捨てができなくなりゴミ屋敷になる、電車の事故につながるような徘徊など、困りごとがたくさん出てきます。
しかし何よりも困るのは、良好だったはずの家族関係が壊れてしまうことだと坂本氏はおっしゃいます。
認知症の方の振る舞いが、どんな影響を及ぼすのでしょうか。
「親御さんが認知症になった時、最初は介護サービスに頼らずに親孝行しようとする方がいらっしゃいます。認知症についてネットで勉強したり、否定せずに寄り添って介護に臨もうとしたり、前向きな気持で決心します。
しかし認知症の方の多くは、素直に聞いてくれない、「ありがとう」や「ごめんなさい」を言わない、ミスを認めずに言い訳や責任転嫁をすると言った症状があるので、いざ介護が始まると、ご家族は多くのお悩みを抱えてしまうのです。
私は、このような振る舞いを『かたくなさ』と名付けました。最初は良好だったはずの家族関係が、認知症の方のかたくなさによって壊れてしまう恐れがあるのです」(坂本氏)
認知症の方の『かたくなさ』が多くのお悩みを引き起こすとのこと。しかし、捉え方次第でポジティブに変わると坂本氏はおっしゃいます。
詳しい経過についてみてみましょう。
「認知症にはいくつか種類がありますが、アルツハイマー型認知症の余命は15年から20年ほどと言われています。寿命がわかることは一見怖さや不安もありますが、ポジティブに考えれば、親孝行できる時間のタイムリミットがはっきりわかる病気ということになります。
発症する20年ほど前からすでにアルツハイマー病は始まっています。
認知症を発症する手前の段階でMCIという軽度認知障害を経て、周囲が認知症と気付くのはアルツハイマー病を発病してから約20年後ということです。
認知症は他の病気と違って長い経過を辿るため、長生きしないとなれない病気とも言えるのです。
『そこまで親御さんが生きた、一緒に過ごせた』という捉え方をしてみると、少しだけ考え方が変わってくるかもしれません」(坂本氏)
介護を行う家族は、もっと素直に聞いてほしい、「ありがとう」や「ごめんね」のひと言があったら頑張って介護できる、と感じる方がとても多いのが現状です。
「かたくなさ」に対してやめてほしいなと思うのではなく、「なんでこんな態度を取っちゃうんだろう」「不思議だな、謎を解き明かしたいな」という気持ちで原因を探ることが大切です。
認知症の方がかたくなな態度を取ってしまう原因についてみてみましょう。
「最初に正解を言ってしまうと、認知症の『かたくなさ』の正体はメタ認知の衰えによる病識の低下です。
認知症の場合、一度発達したメタ認知が衰えてしまい、 自分の認知機能のはたらきを正しく把握できなくなります」(坂本氏)
「自分の記憶力を客観的に把握できる能力が、『メタ認知』です。
例えば、幼稚園の年長さん年少さんが、先生から『単語20個覚えてみよう』と言われたとします。2人とも全部覚えたと言うのでテストをしてみたところ、年長さんは全部覚えていたのですが、年少さんは半分しか覚えられていませんでした。
これは、年少さんは自分の記憶力と実際に覚えられた単語の予測が不正確で、メタ認知が未発達と言えます。
一方で年長さんは、20個全部記憶ができたという予測が正確だったので、メタ認知が発達しているということになります」(坂本氏)
認知症になった場合、一度は発達していたメタ認知が衰えてしまうので、自分の認知機能を正しく把握できなくなっているのです。
メタ認知が衰えてくると、病識が低下してしまうことがあります。この病識の低下があるかないかでどのような違いがあるのでしょうか?「自分の症状をちゃんと把握できることを『病識』といいます。メタ認知が正常で病識がある場合、記憶の不具合の程度を認識して不便さを回避できます。
例えば、3日前に通帳と印鑑を金庫にしまって、 今日の夜に確認したら通帳も印鑑もなかったとしましょう。
その時、ご自身で『私は絶対持ち出してない』という記憶はあるのですが、それと同時に2日前の記憶がないということもわかっています。
記憶障害があっても病識が働いていれば、2日前の記憶がないことを把握し、一緒に探してほしいと家族に助けを求めることができるのです」(坂本氏)
「一方で、メタ認知の障害があり病識が低下している人は、記憶の不具合を認識できず能力を過大評価してしまいます。『私はちゃんと確認したし持ち出してもいない。ということは家族の誰かが盗んだのか』という被害妄想が発生するのです。
自分の記憶をチェックできず、家族を疑って人間関係が悪化します。でも自分ではおかしいことを言っていないので疑心暗鬼になり、介護拒否をしてしまうのです。
全ての認知症の方の病識が低下するわけではありません。アルツハイマー型・前頭側頭型認知症は病識低下が顕著で、 レビー小体型・脳血管性認知症は病識が比較的保たれると言われています」(坂本氏)
病識の低下は必ずしも悪いことばかりではないと坂本氏は言います。
「病識が低下して自分の認知機能の把握が曖昧だからこそ、『記憶がこぼれていくことに不安を感じずに済む』というメリットがあります。
介護する私たちの受け止め方、関わり方次第でお互いが幸せになれる道もあると感じます」(坂本氏)
デイサービスの利用者もスタッフも、どちらも幸せに生きることを目指し、認知症ケアや小規模であることを活かした個別ケアおよびご家族の支援に力を入れている「くらしあす」。
社名の「くらしあす」は、いざというときに頼りになる存在でありたいとの思いから、スペイン語の「グラシアス(ありがとう)」をもとに名付けられたそうです。
「株式会社くらしあすは、1日定員10名の小規模の介護事業者です。
私たちのデイサービスでは、自己肯定感・心理的安全性・安心できる居場所・連帯感・役割を商品として提供しているという自覚を持って運営しています。
介護する側とされる側も垣根がないように感じてもらえるような関係性を実現したいと考えております。
弊社はデイサービスという形態ではありますが、ご利用者様とそのご家族の生活全体に対して、少しでもポジティブな影響を及ぼしたいと考える職員で構成されているチームです」(坂本氏)
デイサービスを運営する上で、坂本氏が大切にしていることを教えていただきました。
「認知機能に障害がありメタ認知が衰えていても、あたたかい人間関係を作ることを意識して行なっています。
日々の活動で重視していることは、尊厳を取り戻すために自己肯定感を高める取り組みです。
例えば、弊社のデイサービスでは毎日午前中にお昼ごはんをみんなで作ります。成功体験を得てもらって自信を持ってもらいたいので、料理を活動に取り入れました。
包丁や火も使い、盛り付けから洗い物までご利用者様と職員が力を合わせて行うことで、達成感を得やすいと感じます」(坂本氏)
「スタッフが子どもを連れて出勤することもあり、利用者様が子どもをあやす役割を担いますし、安全が確保できている場合、利用者様が困っている利用者の方をできる範囲内で介助することもあります。これは『自分がしてあげることで互いに幸福感を得られるヘルパーセラピー原則』がもとになっているのではないかと思います。」(坂本氏)
くらしあすでは、他社のデイサービスではあまり見受けられない珍しい取り組みを行なっています。
決まったプログラムの推進ではなく、利用者のモチベーションを大切にしながら、安心して過ごせる居場所であることを最優先に考えているそうです。
▼お取組みについて、さらに詳しいインタビュー記事はこちら
【特集】介護事業所インタビューvol2. くらしあす編 ~少しでも幸せな毎日を過ごしていただくために~
介護される人とする人の垣根をなくす「ヘルパーセラピー原則」は、あたたかい人間関係を築くための最大の近道かもしれません。
サポナビ編集部