
(粟村亮さん・50歳・介護職〈ケアマネジャー〉)
「まさか、ここまで一気に来るとは思っていませんでした」
粟村亮さん(50歳・ケアマネジャー)は、約3年前をそう振り返ります。すでに実母の介護は続けていた中で、妻の妊娠が判明。ほぼ同時に義母に認知症の症状が現れ始めました。義母は70歳と比較的若く、症状の進行も早かったといいます。
夜中に何度もかかってくる電話。徘徊が始まり、近所の家を訪ねてしまうような出来事が頻発。「これは放っておけない」と感じたとき、妻の出産も間近に迫っていました。妊娠中の妻が頻繁に義母宅を訪れるのは現実的でないと判断し、家族で引っ越す決断をします。
介護の専門職として多くの家庭を見てきた粟村さんでさえ、「当事者になると、頭でわかっていても全然違った」と語ります。
引っ越しは、まさに“緊急対応”だったといいます。場所も間取りも吟味する余裕はなく、「義母の近くに住む」ことを最優先。妊娠中の妻には体への負担が大きく、精神的にも張り詰めた日々が続きました。
義母はショートステイを利用したものの、施設から抜け出すようになり、最終的には病院への長期入院へ。実母(88歳)も認知症があり要介護2で、日中はデイサービスやヘルパーを活用しながら、食事や生活全般を粟村さんが支えています。
「どれかを諦めれば楽になるのかもしれない。でも、全部に関わりたかった」──その思いの中で、育児・介護・仕事というマルチタスクを抱える生活が始まりました。
粟村さんが平日に実母と暮らすようになったのは、引っ越し先の八王子から荒川区の職場まで毎日通勤するのが難しかったためです。さらに、板橋区に住む実母もケアが必要な状況だったことから、平日は板橋区の実母宅で暮らし、週末に八王子の妻子のもとへ戻る“週末婚”スタイルの生活が始まりました。
この選択で良かったことの一つが、実母の介護にしっかり向き合えるようになったこと。そして、仕事を辞めずに続けられたことです。
また、実家の不動産整理も進み、母の妹との関係改善により、土地の共有関係を解消。建て替えによって、母が住み続けられる住環境を整えることができました。
一方で、離れて暮らすことでの課題も。子どもの成長スピードについていけないもどかしさです。毎日、妻と子どもとはテレビ電話で話していますが、週末に会うたびにその成長ぶりに驚かされるといいます。「一緒にいる時間が長い方が、どうしても育児のスキルが高くなる。口を出したくても、どこまで言っていいか分からない」。
育児の当事者感が薄れてしまうことに、焦りや寂しさを感じることもあるそうです。
粟村さんが意識しているのは、夫婦の「対話を止めない」こと。実は現在は再婚で、前の離婚経験が大きな教訓になっているといいます。
「離婚は、思っている以上にあっけなく起こる。特に子どもがいると、その後の人生は全然違う」
ケアマネとして、離婚後に孤独を抱える男性たちを数多く見てきたからこそ、粟村さんは月に一度の“家族ミーティング”を欠かしません。
話題は育児、介護、仕事、住まい、家計など。正しさではなく、お互いの前提や気持ちをすり合わせていく場です。その際に大切にしているのは「ねぎらいの言葉」と「共感」。「アドバイスより、『大変だったね』と言うこと。それだけで関係は変わる」と実感しています。

もう一つ、生活を支えているのが「役割分担」と「仕組み化」です。
育児は妻が中心になり、介護や住まい・お金に関わる大きな判断は粟村さんが担う。誰がどこを担うかが明確になることで、話し合いや判断のストレスが軽減されました。
さらに、「日曜日は何時に出る」「準備は何時から」といったルーティンを決めてしまうことで、生活全体の見通しが立つようになりました。
「考えないで済む」ことが増えるほど、心の余白ができ、疲れにくくなる。それは、働きながら家族を支える上でとても大切な視点だと語ります。
粟村さんが実感するのは、「自分から先に動く。先にギブすることで、結果的に一番リターンがある」ということ。
最後に、これから同じような状況に直面する男性へ向けて、粟村さんはこう語ります。
「離婚と比べたら、育児と介護が重なる生活のほうが、ずっと前向きです。得るものが多くて、人のために生きるって悪くないなと思える」
専門職であっても迷う。だから、迷って当たり前。大切なのは、対話を止めないこと。役割を明確にすること。そして、ねぎらいを忘れないこと。
そして粟村さんは、こうした経験からこんなヒントも語ってくれました。
「ダブルケアでキーパーソンになるのは、多くの場合 『妻」。妻が体調を崩すと、すべてが回らなくなる。だからこそ、まずは妻の一人時間を確保する。そしてその後に、夫の時間も確保する。お互いに休める時間が必要です。特に女性はホルモンバランスの波があるので、体調やストレスへの配慮が、家庭全体の安定につながると感じています」
完璧じゃなくていい。粛々と、でも前向きに、仕組みと対話で乗り越える。
この実体験が、どこかの誰かの「一人じゃない」と思える支えになりますように。
室津 瞳(むろつ・ひとみ)
NPO法人こだまの集い代表理事 / 株式会社チェンジウェーブグループ シニアプロフェッショナル / ダブルケアスペシャリスト / 杏林大学保健学部 老年実習指導教員
介護職・看護師として病院・福祉施設での実務経験を経て、令和元年に「NPO法人こだまの集い」を設立。自身の育児・介護・仕事が重なった約8年間のダブルケア経験をもとに、現場の声を社会に届けながら、働きながらケアと向き合える仕組みづくりを進めている。
【編著書】『育児と介護のダブルケア ― 事例からひもとく連携・支援の実際』(中央法規出版)【監修】『1000人の「そこが知りたい!」を集めました 共倒れしない介護』(オレンジページ)【共著】できるケアマネジャーになるために知っておきたい75のこと(メディカル・ケア・サービス)