2024年9月20日、リクシスは、第20回『全国ビジネスケアラー会議』を開催いたしました。
これから高齢社会がより一層加速し、仕事と介護の両立が当たり前の時代がやってきます。本オンラインセミナーは、高齢化の流れが加速する日本社会において、現役世代として働きつつ、同時にご家族の介護にも携わっている「ビジネスケアラー」の方々とその予備軍となる皆様に向けたセミナーです。
今回のテーマは「在宅医療」。
久しぶりに親御さんにお会いすると、高齢な親御さんの変化に驚き、心配になってしまうという方もいらっしゃるでしょう。今はまだ親御さんが元気だとしても、いざという時にどんな心構えや準備が必要なのか気になりますよね。
施設という選択肢もありますが、最期まで自宅で過ごしたいという方には在宅医療という選択肢もあります。今回は、数々の在宅医療と介護連携の現場を見てきた佐々木先生から、在宅医療が担う役割や老いのメカニズム、「悔いのない人生」を送るために大切な考え、ご家族でやっておくべきことについて解説していただきましょう。
この記事では、
などのテーマでまとめています。
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①在宅医療の視点から見る、老いのメカニズムと家族のあり方 ~働く現役世代が知っておくべき介護準備と心構え~(前編)⇐このページのテーマ
②在宅医療の視点から見る、老いのメカニズムと家族のあり方 ~働く現役世代が知っておくべき介護準備と心構え~(中編)
③在宅医療の視点から見る、老いのメカニズムと家族のあり方 ~働く現役世代が知っておくべき介護準備と心構え~(後編)⇐このページのテーマ
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佐々木 淳(ささき・じゅん)
医療法人社団 悠翔会 理事長・診療部長
1998年筑波大学医学専門学群卒業し、社会福祉法人三井記念病院内科/消化器内科、東京大学医学部附属病院消化器内科等を経て、2006年に最初の在宅療養支援診療所を開設。
2008年 医療法人社団悠翔会に法人化、理事長就任。2021年より 内閣府・規制改革推進会議・専門委員。
現在、首都圏ならびに愛知県(知多半島)、鹿児島県(与論島)、沖縄県(南風原町・石垣島)に全24拠点を展開。約9,000名の在宅患者さんへ24時間対応の在宅総合診療を行っている。また、2023年には訪問看護ステーションを東京都(港区)に、2024年には訪問看護ステーションを併設する看護小規模多機能型居宅介護を茨城県(守谷市)に開設。最期まで自宅で過ごしたいと願うすべての人の想いに応えるために邁進している。
人生のどこかで、これ以上頑張ってもそこまで残された時間は変わらないという時が必ずやってきます。この時期が「終末期」です。
終末期には、より長く生きるために生活を制限するのではなくて、やりたいことをやる、食べたいものを食べるということで、残された時間をいかに充実させるかということに焦点を当ててほしいと私は考えています。
人生を登山に例えた時に、登り方だけではなく、楽しい下り方というのを一緒に考えていく。それが看取りの支援ではないかと思っています。
日本では、自宅で最期を迎えたいと思う方が多いものの、それを実現できる方はあまりいません。それはなぜでしょうか。
まず、多くの方は治療に固執してしまうということです。病院に行って治療をすることで、好きなことをやる時間がどんどん短くなってしまうこともあります。医療に最期まで人生を支配されてしまうということもあります。
また、ご家族にとっては「諦めたくない」という気持ちも強いでしょう。
ですが、諦めたくないのであれば、病院という選択肢以外にも、おばあちゃんおじいちゃんがやりたいと言っていることに真摯に耳を傾けるという選択肢もあります。
治らないという現実を受容するということは、人生を諦めるということではなく、人生の所有権を「医療」から「本人」に取り戻すということです。
最期は様々な苦痛が出てくる可能性がありますので、ご家族の苦悩も含めて、在宅医療の私たちはそこを緩和できるように最大限努力いたします。
「何かあったらどうしよう」と病院のベッドの上で死に怯え続けるのではなく、残された時間で何ができるのか、それにはどれくらいのリスクがあるのか、何か起こった時にどうすればいいのかということを考えておけば、人生の下山はそんなに悪いものではないと、私は思います。
登っている山の形が違うので、下る山の形も皆さん違います。
人生の後半には様々なことが起こります。医療はその都度どこまでもやれますが、その医療を行うことで本人が幸せなのかを考えなければなりません。
医療とは、その人を「生かす」ものではなく、その人が「生きる」ための道具のひとつです。道具に人生を支配されるのではなく、その人がどう生きたいかをちゃんと知った上で、じゃあ医療はどこまでやるのかを考えなければなりません。
これまでは「インフォームドコンセント」と言って、病院に行ってお医者さんの説明を聞いて同意のサインをしていました。
しかし、その時に患者さん本人の気持ちは反映されているのでしょうか?
お医者さんや家族が入った上で、本人にとっての最善の選択は何なのかということを一緒に考えることが大切です。
本人任せにも医師任せにもしない、意思決定のプロセスをみんなで共有する「シェアード・ディシジョン・メイキング」をしていきましょう。
人生の最期だけではなく、高齢者が転んだ時や熱が出た時などにも行なってください。繰り返していくことで、その人の価値観や最善の選択は何なのかということを積み重ねて共有していく。これを「アドバンス・ケア・プランニング」(人生会議)と呼んでいます。
具合が悪くなった時に話し合うのではなく、日頃から話し合うことが大切です。
最期はどのように治療したいか、亡くなりたいかということではなくて、最期までどのように生きたいのか、何をやっていきたいのか、どんなことはしたくないと思っているのかということを聞いておいてください。
本人のリクエストがわかれば、私たち医療・介護の専門職が具体的に提案することができます。
日本以外の諸外国では、病院で亡くなる方がそこまで多くありません。
自宅で亡くなることは難しいと考えている方も多いですが、実は日本は世界の中でも恵まれた国と言えるのです。
介護保険を持っている国は世界で4ヶ国しかありません。在宅医療でお医者さんを呼べば24時間来てくれる国は日本しかありません。日本は在宅医療と介護を両方持っている恵まれた国です。
なのに病院で亡くなる方が多いのはなぜか。それは私たちの心の準備ができていないということではないでしょうか。
高齢者がどう生きたいのかをみんなで共有して、重要な局面になった時にとりあえず病院ではなく、高齢者にとって最善の環境を整えていくという考えになっていけば、多くの方は最期まで自宅で過ごすことができます。
高齢者を木に例えた時、1人で立てないから皆で支えましょうとなったら、医療や介護で支えるという風に思っている方が多いです。
でも、木というのは根っこで立っています。人間にとっての根っこは何でしょう?
それは人間関係です。家族や友人、地域での居場所があるからこそ、私たちは1人で立っていけるのです。この人間関係の根っこのことを、社会関係資本と言います。
要介護高齢者が自立できないのは、足腰が弱っているからという理由だけではありません。
家族の関係が希薄になる、友だちが減ってしまう、これまでやってきた仕事や役割を取り上げられてしまうなど、根っこが弱っているから立てないのに、そこに栄養を与えることなくただつっかえ棒を増やすことだけを考えていないでしょうか?
植物は根っこがだめになると枯れてしまいますが、実は人間にも同じことが言えます。
急性心筋梗塞で入院した後期高齢者の半年以内の死亡率を確認した時に、何かあった時にサポートしてくれる人が2人以上いるという方に比べて、0人という方は死亡率が2.5倍高いという研究結果が出ています。
また、家族と一緒にごはんを食べている高齢者よりも、独居で1人で食べている高齢者の方が死亡リスクが高いという研究結果もあります。独居でも他に一緒に食べる方がいる場合には死亡リスクは下がります。ただ、1番リスクが高いのは、家族がいるのに1人で食べているという方でした。
1人暮らしが危険なわけではなく、社会とのつながりが少ないことの方が危険なのです。
喫煙や過度の飲酒などよりも、社会とのつながりがある方の方が、寿命が長くなります。
社会とのつながりがあると何が起こるのかというと、つながりの中に生きがいが生まれるのです。
生きがいがあるだけで7年後の生存率が13%も高いことや、人生の目的が明確な高齢者はそうじゃない高齢者に比べて要介護のリスクが半分になる、人生の目的が明確だと認知症になっても進行しにくいということがわかる研究結果も出ています。
ただ、仲の悪い近隣の方とむりやり仲良くする必要はありません。
住民間の信頼度が低いほど死亡のリスクが高くなるという研究結果も出ているので、つながれば良いということでもないのです。
自立した生活を高齢者に送ってほしいと考えた時に、1番大切なのは運動ではありません。
身体活動だけではなく、文化的な活動や地域での活動を行うことで要介護リスクは下がっていきます。
つまり、社会参加は健康寿命を延ばすと言えるでしょう。
私たちの患者さんで、一人暮らしの90代の女性がいらっしゃいます。要介護3で認知症重度です。背中が曲がっているので立ち上がると下しか見えず、歩く時には誰かに手を引いてもらわなければなりません。
危ないので家族は施設に入れることも考えたのですが、長くいた場所に最期までいさせてあげたいということで、現在は小規模多機能型居宅介護支援サービスを利用しています。
非常に社交的な方なので、昼間は通所サービスを利用しているのですが、介護されるために行っているわけではありません。
なんとあんこを炊いて水ようかんを作りに行っているのです。この女性は60年間羊かん職人として働いていた方で、どうやって作るのかを言葉で説明することはできないのですが、身体が覚えていて作ることができます。これは「手続き記憶」と言うもので、認知症になっても覚えています。
この女性が作った水ようかんは、1つ400円で売られています。女性は、仕事をしにきてお金を稼いでいるのです。また、デイサービスの中でも人気者で、本当の家族は遠方に暮らしていますが、みんなのおばあちゃんとして慕われています。
一人暮らしの要介護認定で認知症の高齢者のイメージとは乖離してるのではないでしょうか。
日本には介護サービスや在宅医療があって、それを上手に使いこなすことで最期まで豊かな暮らし方ができます。
どんな状況になったとしても、本人の強みが発揮できる環境を整えることができれば、最期まで生きがいをもって自分らしい生活ができるでしょう。
医療や介護というのは、その人が死なないようにするのではなくて、その人がどんな風に生活していたのか、これから先どんな風に生きていきたいのかをしっかりキャッチして、最期まで生きがいをもって幸せに生きられるようにサポートすることだと思います。
ビジネスケアラーとなる皆さんへ、家族を幸せにできるヒントになれば幸いです。
皆さんぜひプロの方々を信頼してください。
家族がケアをしなきゃいけないと思って、仕事を短縮したり休んだりして介護しようと思っている方もいらっしゃると思いますが、それは両者にとって幸せではありません。
要介護状態や認知症になったご家族は、小さい頃に世話をしてもらったご家族とは別の人になっている可能性もあります。
独立して別の家庭を築いていると、その間にご家族はどんな生活をしていたか知らないかたも多いでしょう。昔知っていたご家族と重ね合わせてしまうと、その乖離にお互いがストレスを感じてしまうこともあります。
認知症ケアに関しては特に、ご家族の存在が障壁になってしまうことも多いです。
今の日本は介護サービスが充実していて、24時間の介護もたくさんあります。基本的にはプロに丸投げして、何かあった時の意思決定の確認をするだけでも良いでしょう。
もし関わりたいという場合には、ケアしに行くのではなく、家族としていい時間をともに過ごすという感覚で関わってください。
ケアは地域でもできます。そうではなく、何かおいしいものを食べに行く、楽しい時間を過ごすということに、時間やお金を使ってもらった方が、お互いに幸せなのではないかと私は思います。
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サポナビ編集部