
「わかってはいるけど、なかなかうまくできない」。そんなモヤモヤを感じながら日々を過ごしている人は、きっとあなただけではありません。
休日も親のケアで時間が過ぎてしまったり、在宅勤務の時間が増えても合間に介護をして余裕がない……。仕事と家庭が境目なく混ざり合うようになり、「いつも気が抜けない」感覚に疲れてしまう人も多いはずです。
仕事と介護の両立は「できて当たり前」と思われがちですが、そんなことはありません。その背景には時間的制約にはとどまらない、大きなプレッシャーが隠れています。
「こんなふうに感じるのは、自分だけ?」と思ってしまうかもしれませんが、その違和感やしんどさに気づくことは、実はあなたにとってだけでなく、他に同じモヤモヤを抱えている人にとっても、とても大切な第一歩です。
そんなモヤモヤを抱える人たちが、ほっとできる場所をつくる取り組みが始まっています。
たとえば、三鷹市社会福祉協議会が開催する「ダブルケアラー・ビジネスケアラー交流会」。そこでは、介護と仕事の両立に悩む人たちが、自分の気持ちを話したり、似た境遇の人の声を聞いたりしています。
このカフェの特徴は、「制度や手続きの説明」ではなく、「気持ちを話せる雰囲気」が大切にされていること。
誰かに話すだけで気持ちが軽くなる、自分の中の混乱が少し整理される。そんな場が、地域の中に生まれていることは、何よりの安心につながるのではないでしょうか。
実は、職場の中にも「語れる空気」が生まれつつあります。「職場で介護の話はしづらい」という声は今も根強くありますが、それでも「社内カフェ」や「ファミリーデー」のような場を活用し、あえて「小さな雑談のきっかけ」から「つながりの場」をつくろうとする動きは、少しずつ増えてきています。
背景には、新型コロナウイルスのパンデミックを機に「人とのつながり方」というテーマを社会全体で見つめ直すようになったことも影響しています。これをきっかけに、欧米企業を中心に「つながりの健康(Social Health)」への関心が高まっています。
こうした取り組みはまだごく一部ではありますが、それでも実践する企業が出てきているという事実は、仕事と介護の両立を乗り越えようとする人々にとっても、大きな希望です。
実際に、介護経験のある社員が、自分の過去をそっと語ることで、今まさに悩んでいる人にとっては大きな助けになります。さらに、経験を語る側にとっても、語る本人自身の心が整理される時間にもなるのです。
さらに、「介護のある生活」が少しずつオープンになることは、個人にとっての安心だけでなく、職場や企業側にとっても大きなメリットがあります。介護にまつわる状況をお互いに理解できるようになると、
といった効果が期待できます。
仕事と介護の両立は、「完璧にこなせること」ではありません。むしろ、うまくいかないことの方が当たり前。だからこそ、肩の力を抜いて、「ちょっと話してみようかな」と思える場が大切になります。
地域にも職場にも、そんな場が少しずつ育ちはじめています。まだ不完全でも構いません。最初の一歩は、「声を交わすこと」から。
あなたが誰かに語ることで、その人もまた語れるようになるかもしれません。『語ることが、支えになる。』そんな空気を、身近な場所から育てていきませんか?
室津 瞳(むろつ・ひとみ)
NPO法人こだまの集い代表理事 / 株式会社チェンジウェーブグループ シニアプロフェッショナル / ダブルケアスペシャリスト / 杏林大学保健学部 老年実習指導教員
介護職・看護師として病院・福祉施設での実務経験を経て、令和元年に「NPO法人こだまの集い」を設立。自身の育児・介護・仕事が重なった約8年間のダブルケア経験をもとに、現場の声を社会に届けながら、働きながらケアと向き合える仕組みづくりを進めている。
【編著書】『育児と介護のダブルケア ― 事例からひもとく連携・支援の実際』(中央法規出版)【監修】『1000人の「そこが知りたい!」を集めました 共倒れしない介護』(オレンジページ)【共著】できるケアマネジャーになるために知っておきたい75のこと(メディカル・ケア・サービス)