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株式会社リクシス 創業者・取締役 酒井 穣
慶應義塾大学理工学部卒。Tilburg大学経営学修士号(MBA)首席取得。商社にて新規事業開発に従事後、オランダの精密機器メーカーに光学系エンジニアとして転職し、オランダに約9年在住する。帰国後はフリービット株式会社(東証一部)の取締役(人事・長期戦略担当)を経て、2016年に株式会社リクシスを佐々木と共に創業。自身も30年に渡る介護経験者であり、認定NPO法人カタリバ理事なども兼任する。NHKクローズアップ現代などでも介護関連の有識者として出演。
著書:『ビジネスパーソンが介護離職をしてはいけないこれだけの理由』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2018)、『ビジネスケアラー 働きながら親の介護をする人たち』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2023)
人間の尊厳は、国の最高法規である憲法(日本国憲法第13条など)の中でもうたわれる、最重要の概念です。尊厳、すなわち人間がお互いを人間として尊重するべきということが、平等主義や基本的人権の根拠になっています。介護においても、尊厳の問題は随所で語られ、教育され、チェックされています。
ただ、人間がお互いを人間として尊重するとは、具体的にどういうことか、なかなかわかりにくいところがあります。少し噛み砕いて、自尊心が保たれており、自分が生きていてよいと感じられる状態といったことを尊厳として伝える教材もあります。しかしそれでは、自尊心との違いがわかりにくいでしょう。
このように、尊厳というのは非常に大事なことでありながら、難しいのです。しかし難しいことを、難しいままにしておくと、結局、広がっていかないわけです。なんとか、もっとわかりやすい言葉で、誰にでも伝わるように表現できないものでしょうか。以下、あくまでも私の個人的な考えになります。
国家において法律とは、その国の理想を表すものではありません。法律とは、あくまでも最低限の倫理にすぎないのです。ですから、より優れた社会においては、法律が遵守されるだけでよしとされず、より高い理想が倫理として教育され、定着しています。
尊厳は、それが法律で担保されており「尊厳を守る」といった表現をされていることからも明らかなとおり、最低限の倫理です。尊厳が守られることは理想ではなくて、最低限の約束事として認識される必要があります。
誰もが、その生存を尊重された状態であることは、現代社会を構成する基礎なのです。ただそれでも、どうしても尊重するということが、電車で席を譲るといったイメージとつながりやすく、尊厳とはなにかという命題は、相変わらずモヤモヤとしてしまいます。
尊厳が大事ということになったのは、市民革命(フランス革命、イギリス革命、アメリカ革命など)によって、近代社会が登場して以降のことです。それ以前には、尊厳というものは一般には認められていませんでした。市民革命は、尊厳という概念そのものをつくりあげる過程としての意味があったわけです。
では、市民革命以前の尊厳のない社会とは、いったいどのような状態にあったのでしょう。そこで考えなければならないのが、領主や王様、貴族といった階級社会の存在です。市民革命は、こうした階級は不当なものであり、人々の平等を訴えたのでした。革命らしい革命が起きていない日本において、尊厳がわかりにくいのも当然なのです。
市民革命において、人々は、尊厳のない社会からの脱却をはかりました。つまり、尊厳を理解するには、それがない状態が自分の経験として表現できないと、どうしてもわからないということになります。歴史的に考えれば、尊厳のない状態とは、みじめな思いが強要される状態に他なりません。
いじめ、パワハラやセクハラも、相手に対してみじめな思いを強要するものです。それは相手の尊厳を傷つけることであり、だからこそ、違法行為として罰せられるものになっています。市民革命後の社会では、立場が上にあるからといって、立場が下にある人に対してみじめな思いを強要することは許されないのです。
現代社会において、尊厳が失われている危機的な状態というのは、そこにみじめな思いを強要されている人がいる状態です。自尊心を高く持てる状態というのは理想です。しかし尊厳がある状態というのは、似ているようでも、最低限の約束事であって、あたりまえのことなのです。
他者からの言動や行為によって、くやしくて、なさけなくて、はずかしくて泣いている人がいる状態は、尊厳が守られていないということです。注意したいのは、それが自分自身の責任においてそうなっている場合は、尊厳の問題ではないということです。こうしたみじめな思いが、他者から強要されるとき、尊厳の問題になります。
意図していなくても、犯罪は犯罪です。たとえそれが罪になることを知らなくても、罪を犯してしまえば、罰せられます。尊厳を守るということもまた、同じです。自分ではそれと気付かなくとも、相手の尊厳を傷つければ、最悪は犯罪として罰せられることになります。いじめ、パワハラやセクハラは、これに相当します。
介護の場面で、尊厳が重要になっているのは、当然のことでしょう。介護が必要になると、どうしても、自尊心が傷つきやすい状態になります。これは、あと一歩で、尊厳が破られるということです。だからこそ、介護を提供する側には、相手の尊厳を守る、すなわち、相手にみじめな思いをさせないことが求められているわけです。
そう考えたとき「介護は誰にでもできる仕事」という、世間に定着してしまっているイメージが、いかに間違いであるかもはっきりします。介護のプロは、介護技術やコミュニケーションだけでなく、破綻しそうになっている人間の尊厳を守るスペシャリストなのです。それは今後ますます、人類にとって貴重なスキルになっていくでしょう。
サポナビ編集部