子育てに巣立ちがあるように、介護にもまた、終わりがあります。それは多くの場合、大切な人を見送るときです。
私たちはふだん、身近な人との「別れ」について深く考えることがあまりありません。
それもそのはず。現代の日本では8割以上の人が病院で亡くなると言われており、多くの人が死の現場を目にすることなく暮らしています。
だからこそ、いつか必ず訪れるはずの「別れ」も、どこか自分には関係のない遠いもののように感じられてしまうのです。
でも、本当は誰にでも訪れること。だから今日は、ほんの少しだけ立ち止まってみませんか。
ほんの少しだけでも、「大切な人との別れ」を考えてみるだけで、これからの時間の過ごし方が、少し違って見えてくるかもしれません。
もし突然、親が倒れたら。もしある日、何の前触れもなく「その時」が訪れたら――。
何も考えたことがなければ、どうしても後悔や混乱は大きくなります。
「もっと話しておけばよかった」
「ありがとうって、ちゃんと伝えたかった」
そんな思いを、後から抱えないためにも、「その時」が来る前に、少しだけ心の準備をしておくこと。
それは、決して縁起でも何でもなく、自分や家族の心を守る思いやりなのです。
先のことはわからないからこそ、今できることを、少しだけ見つめ直してみる――
それだけでも、後悔の少ない日々に近づいていけるはずです。
たとえば、こんなことを思い返してみてください。
「この人と、最後に交わした言葉ってなんだったっけ?」
何気ない一言かもしれないし、少しそっけない返事だったかもしれない。
もしそれが最後の言葉になったとしたら――自分はどんな気持ちになるでしょうか?
そんなふうに想像してみると
「じゃあ、今日のうちに、伝えたいことを伝えておこう」
「感謝を言えるうちに、言っておきたい」
そんな気持ちが、自然と湧いてくるはずです。
これは、“死を怖がる”ための問いではありません。
単なる思い出の振り返りではなく、「もしも明日が来なかったら」という視点に、自然と心を開かせてくれる問いです。
つまり、“死を想定することで、今を大切に生きる”ための問いなのです。
そして、「どんな言葉を最後に交わしたか」を考えることは、自分の中にある死生観――つまり、「自分はどう生きたいのか」「なにを大切にしたいのか」といった想いにも気づかせてくれることでしょう。
そうすると、だんだんと、死という出来事が「いつか遠くで起きること」ではなく、「今この瞬間と地続きのもの」になっていきます。
それらがぼんやりとでも浮かんでくると、
死は単なる終わりではなく、生き方の鏡として作用するようになります。
考え始めると、なんだか重たく感じることがあるかもしれません。
でも、本当はそんなに大げさに考えなくても大丈夫です。
たとえば今日、親に「元気?」とLINEしてみる。
「この間のおかず、美味しかったよ」と伝えてみる。
そんなささやかな言葉の裏に、
「この人との時間は永遠じゃないんだな」という気づきがあるだけで、
毎日の関係が少しずつ、あたたかく、丁寧なものになっていきます。
別れを意識することは、悲しみのためではなく、
「ありがとう」を増やすためにあるのかもしれません。
介護の終わり――死や別れは、できることなら遠ざけておきたい話題かもしれません。
でも、ほんの少しだけ立ち止まって想像してみると、
それは「今をどう生きるか」を見つめ直すきっかけになってくれます。
別れを考えることは、今を大切にすること。
「ありがとう」と伝える回数が増えること。
大切な人が生きている“いま”。
その「ありがたさ」に気づけたあなたは、もうすでに、穏やかな準備を始められています。
誰かに伝えたい想いがあるなら、今日のうちに伝えてみてください。
その一言が、あなた自身の心も、きっとあたたかくしてくれるはずです。
介護支援専門員(ケアマネジャー)・介護福祉士
京都大学卒業後、介護福祉士として、介護老人保健施設・小規模多機能型居宅介護・訪問介護(ヘルパー)の現場に従事。その後、育休中に取得した介護支援専門員の資格を活かし、居宅ケアマネジャーのキャリアを積む。「地域ぐるみの介護」と「納得のいく看取り」を志している。
介護プロ編集部