実は、介護に深く関係する「世帯分離」。特に、要介護者と世帯を一緒にしている家族の方は、世帯分離をするかしないか、検討されている方は少なくないのではないでしょうか?
世帯分離することでメリットがあるのか、逆にデメリットが多くなってしまうのか、人それぞれ条件によって異なってきます。注意点も多いため、手続きを行う前にこの記事を参考にしてみてください。
世帯分離とは「同居している家族と、住民票の世帯を分ける」ことです。つまり、同居はしていても家族間(親と子供など)で世帯を分けることを言います。
要支援・要介護の方が世帯分離をされる主な目的は、介護費用の軽減です。
親が要介護者の場合、世帯分離をすることで、親の所得のみが介護費用負担額の算定材料となります。一世帯あたりの所得が減るため「介護費用の負担も軽減される可能性が高い」というメリットがあります。要介護になった方がいる世帯で、世帯分離をされる方が増えているのは、そういった理由があります。
ただし、逆に国民健康保険料の納付額が増える場合もあるなど、必ずしも誰もが金銭的節約となるわけではありません。条件や家族環境により注意点も多々あるため、事前によく確認してから世帯分離を行う必要があります。
また、世帯分離を行うために、「親と同居しているか」「実家暮らしか」といったことは関係なく、親と同居している場合でも世帯分離は可能です。世帯分離をするための条件は「対象者がそれぞれの世帯で独立した家計を営んでいることです。したがって、子と親がそれぞれで生計を立てている状況であれば、世帯分離することができます。
また「2世帯住宅」「3世帯住宅」という言葉のように、同住所に住んでいてもいくつかに世帯を分けている方も多く存在します。
世帯分離をすると、介護費用を軽減できる可能性があるとお伝えしましたが、具体的にどのようなメリットがあるのでしょうか?
世帯分離を行うと、国民健康保険料が安くなる可能性が高くなります。先にも述べたように、世帯としての年収が大きく減少するからです。
国民健康保険の納付額は、前年の所得で計算されるため、世帯所得が下がれば納付額も減額になります。ただし、これは全ての人が該当するわけではないため、後述するデメリットについても必ず確認してください。
また、75歳以上の方が加入している「後期高齢医療保険」の保険料も、世帯全体の年収が算定基準のため、国民健康保険料と同様に下がる可能性が高くなります。
要介護認定を受けている方の介護費用の負担額は1〜3割となっており、要介護者本人の前年の合計所得金額、同一世帯の65歳以上の方の合計所得金額、前年の年金収入などの合計額に応じて割合が決まります。
つまり、世帯分離することで世帯年収が減ると、自己負担額の割合が現在2〜3割の方は、割合を減らし、介護費用の軽減ができる可能性があります。
世帯分離を行い世帯年収を下げることで、さらに、高額介護サービス費制度などの自己負担額の上限を下げる、ということも可能です。
「高額介護サービス費制度」や「高額介護・高額医療合算制度」は、同じ世帯で生じた介護や医療費用を合算し、負担限度額を超えた場合に、超過分が払い戻される制度です。世帯分離で親世帯(要介護者)の所得が減ることで、自己負担額の上限額を減らすことができ、介護費用の節約に繋がるというわけです。
高額介護サービス費制度における月額の自己負担額は、収入に応じて以下の第6段階に分けられています。
段階 | 区分 | 負担の上限額(月額) |
第1段階 | 生活保護を受給している方等 | 15,000円(世帯) |
第2段階 | 世帯の全員が市町村民税非課税で、前年の「公的年金等収入金額」+「その他の合計所得金額」の合計が80万円以下の方等 | 15,000円(個人)
24,600円(世帯) |
第3段階 | 世帯の全員が市町村民税非課税 | 24,600円(世帯) |
第4段階 | 市町村民税課税〜課税所得380万円(年収約770万円)未満 | 44,400円(世帯) |
第5段階 | 課税所得380万円(年収770万円)〜課税所得690万円(年収約1,160万円)未満 | 93,000円(世帯) |
第6段階 | 課税所得690万円(年収1,160万円)以上 | 140,000円(世帯) |
出典:厚生労働省「令和3年8月利用分から高額介護サービス費の負担限度額が見直されます」
介護保険施設では、負担限度額認定制度(特定入所者介護サービス費)という所得が低く資産も少ない方の負担を軽減する制度があります。
介護保険施設では、入所中の居住費や食費などの自己負担限度額は、世帯年収や預貯金額などにより算出されており、世帯分離により所得が下がれば月額費用を軽減できる可能性があります。
「後期高齢者医療制度」とは、75歳以上の後期高齢者の方が加入する医療制度のこと。こちらの医療制度も、国民健康保険などと同様に、世帯分離し世帯所得を抑えることで、保険料の負担額を減らすことができる可能性があります。
世帯分離には、介護保険料など様々な費用を抑えられるというメリットがある一方で、場合・条件によっては損をしてしまうデメリットも生じてきます。
世帯分離をすると、当然、各世帯主がそれぞれに国民健康保険料を支払うことになります。そうすると、2世帯分の国民健康保険料を合算したときに、1世帯でまとめて支払っていた時よりも、高額になるケースがあります。
世帯分離する前と後で、負担額がどのくらい変わるのか事前に必ず確認しておくようにしましょう。
会社員の方が親を勤務先の扶養に入れている場合、会社の健康保険組合から毎月「扶養手当」や「家族手当」が支給されています。しかし、親が世帯分離により扶養から外れてしまうと、手当の支給はなくなってしまいます。
毎月受け取っている支給額によっては、世帯分離しないほうがいい場合もあるため、あらかじめ専門家(ファイナンシャルプランナーやケアマネジャーなど)に相談し、シミュレーションを行ってみてください。
会社員の方が親を勤務先の扶養に入れている場合、世帯分離をしたあとは扶養から抜けることになり、親は世帯主(この場合は子共)の会社の健康保険組合のサービスも利用できなくなり、自分で保険料を支払うことになります。
親が自分自身で払う健康保険料や今まで支給されていた扶養手当の金額などを差し引き計算すると、自身の勤務先の健康保険組合に扶養家族として入れた方が経済的に負担が少なくなる場合もあります。世帯分離をする前に、収入と支出費用をよくよく検討しておきましょう。
世帯分離には様々な手続きが必要となるため、時間と手間がかかります。住民票の取得や書類の記載など、要介護者自身が手続きができない場合は、家族が代わりに行う必要があります。その場合も親の委任状が必要になるなど、役所等での手続きは煩雑になることを心得ておきましょう。
世帯分離は市営住宅や公営住宅に申し込むことが出来なくなります。
市営住宅や公営住宅は世帯の収入によって家賃が設定されており、原則として同じ住宅に二つの世帯が住むことはできません。
また、市営住宅や公営住宅では申込時に「不自然に世帯分離を行っていない」という項目があります。「不自然に」というのは結婚や転勤、転職等の理由が無く世帯を分けたことをいい、介護保険サービスの負担額を下げるために世帯分離をしたということがわかると、審査で落とされる可能性もあります。
このことから、市営住宅や公営住宅に申し込めない場合があるという点が世帯分離のデメリットといえるでしょう。
世帯分離にはメリットも多いものの、人によってはデメリットもあることを解説してきました。それでは、世帯分離はどのような人に適しているのか、また適していない人はどのような人なのでしょうか。
<世帯分離に向いている条件>
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ここまで見てきたように、要介護者本人の収入が少ないにも関わらず、同居家族が会社員で収入が高い場合は世帯年収が必然的に高くなってしまいます。そのため、世帯分離して要介護者の世帯年収を相対的に低くすることで算定材料となる収入が少なくなりその分負担額が減るため、メリットが大きいと言えます。
上記同様の理由により施設入所に際しては費用を軽減できる可能性が高くなります。また、要介護度が高い方は毎月の自己負担が多くなりがちです。高額介護サービス費の上限が下がることで、結果として自己負担軽減につながる可能性があります。
<世帯分離に適していない人>
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こちらもデメリットで見てきたように、要介護者の年金額が多かったり、何かしら多くの収入を得ていた場合、世帯分離をしても負担軽減額が少なく、メリットは少ないと言えます。また同居家族の会社員の扶養家族条件から除外されることになり、扶養控除などのメリットがなくなる状況ではデメリットと言えるでしょう。親子でそれぞれ介護サービスを利用している場合「高額介護高額医療合算制度」の世帯合算ができなくなるというデメリットもあるため、該当する人は要注意です。
世帯分離手続きは、住民票のある各自治体の窓口で行います。主な手続きの流れは、以下の通りです。
①以下の必要書類を準備する
・本人確認書類(運転免許証、マイナンバーカードなど)
・国民健康保険証
・世帯変更届
・印鑑
・委任状(同居家族など代理人による申請の場合)
・代理人本人の確認書類(同居家族など代理人による申請の場合)
②「住民異動届」を自治体の窓口へ提出する
自治体の住民課・戸籍課に「住民異動届」という書類があります。そちらを記入、捺印して窓口へ提出します。自治体によっては他にも必要な書類がある場合があるため、事前に自治体ホームページなどで確認しておきましょう。
③世帯分離が適用される
介護保険の自己負担割合に適用されるのは、世帯分離の手続きが受理された翌月の1日と定められています。その他の制度がいつから適用されるかは、利用する制度ごとに異なるため、②の窓口へ提出する際に確認しておくとよいでしょう。
世帯分離をした後に、やはり元に戻したいとなった場合、元の同一世帯に戻すことが可能です。ただし、元に戻す場合も様々な手続きが必要です。世帯分離した日から14日以内に、自治体の住民課・戸籍課へ届ける必要があります。
また、元々の世帯分離の理由が何らかの利益を得ることを目的としたものと認識された場合は、断られる可能性もあるため注意しましょう。
ここまで、世帯分離が適している人、適していない人を解説してきましたが、世帯分離をしたほうがいいのか、しないほうがいいのか、専門的な知識がないまま判断しないことをおすすめします。
まずは、ケアマネジャーや地域包括センター、ファイナンシャルプランナーなど専門知識や資格者へ相談し、世帯分離することで経済的メリットがあるのかどうか確認するようにしましょう。実際の金額のシミュレーションなどを行ってもらい、自分達のケースに当てはまるメリット・デメリットを具体的に理解することが大切です。
また、申請時に窓口で世帯分離の理由を聞かれた際に「介護保険の負担を減らしたいから」という理由をそのまま伝えると受理されない場合があります。なぜならば、世帯分離は「保険料や自己負担額の軽減を目的としているわけではない」からです。「生計を別にしたい」というシンプルな理由のみを伝えれば問題ありません。
要介護の認定を受けた方の世帯分離はメリットが多いように見えますが、人によってはデメリットもあります。世帯分離をしないほうがいい世帯もあるため、事前に自分はどちらに当てはまるのかを確認することが大切です。
世帯分離の手続きは手間と時間がかかるため、専門家に相談したうえで、した方がいいという判断となれば、早めに行動に移すことが重要になります。検討中の方は、家族だけで判断せず、まずはケアマネジャーなど専門知識を持ったプロに相談してみましょう。
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金山峰之(かなやま・たかゆき) 介護福祉士、社会福祉士、准看護師。福祉系大学卒業後、20年近く在宅高齢者介護に従事。現場専門職の傍、介護関連の講師業(地域住民、自治体、国家公務員、専門職向け等)や学会のシンポジスト、介護企業向けコンサルティング事業、メーカー(ICT、食品、日用品等)へシニア市場の講演などを行っている。
厚生労働省関連調査研究事業委員、東京都介護人材確保関連事業等委員など経験。
元東京都介護福祉士会副会長。政策学修士。