
ふとした瞬間に、離れて暮らす親御さんのことが頭をよぎることはありませんか?
ニュースで「2025年問題」や「高齢化」という言葉を聞くたびに、なんとなく胸がざわつく。
「今はまだ元気だけど、もしもの時はどうしよう…」
「離れて暮らしているのに、親の介護を手伝えるんだろうか…仕事も忙しいんだけど…」
そんなふうに不安を感じてしまうのは、それだけ真剣に、親御さんのことを大切に思っている証拠だと思います。
私が、20年以上介護の現場で多くのご家族を見てきた経験からみなさんにお伝えしたいのは「家族だけで頑張りすぎないことが、結果として親御さんのためにもなる」ということです。
今回は、私たちが子供の頃からよく知っている「4つの物語」をヒントに、ご自身の暮らしを大切にしながら、無理なく親御さんの介護と向き合うための視点をお話しします。
| ● 桃太郎 桃から生まれた桃太郎が、村を苦しめる鬼を退治しに行く日本の昔話。旅の途中で出会ったイヌ・サル・キジに、お婆さんからもらった「きびだんご」を分け与えて仲間にし、協力して鬼を成敗しました。 |
親御さんに介護が必要になったとき、責任感の強い方ほど「育ててくれた恩があるから」「長男・長女だから」と、自分ひとり、あるいは家族だけで頑張ろうとしてしまいます。
でも、現代の介護は、先の見えない困難な道のりです。困難に立ち向かう時、物語の中の桃太郎でさえ、一人で鬼ヶ島に乗り込んだりはしませんでしたよね。
桃太郎は、旅の途中でイヌ、サル、キジというお供と出会い、彼らに助けられながら進んでいきました。みなさんにとっての「お供」も、実はすぐそばにいます。
それは、ケアマネージャーやヘルパーといった介護のプロたちです。
遠くで暮らしていたり、日中お仕事をされていたりするみなさんが、直接おむつを替えたり食事を作ったりすることは、現実的にはとても難しいことです。
私はよく、「ご家族は『プレイヤー』ではなく『マネージャー』になってください」とお伝えしています。
すべてを自分でこなすのは不可能です。「ここはお任せします」「ここは私がやります」と、お供たちに役割を振る「監督」のような立場でいてください。
それが、介護に直面した状態でも「余白」を作り、ご自身の望む暮らしを継続できる秘訣です。
(参考) なぜ「仕事がデキる」人ほど、介護で苦しくなるのか? ― 仕事と介護の両立に必要なのは思考法ではなく「余白」
では、どうやってその仲間と出会えばいいのでしょうか。
そのきっかけとなるのが「地域包括支援センター」です。
地域包括支援センターは「高齢者の暮らしの総合相談所」です。介護のことだけでなく、65歳以上の方の生活に関する困りごとであれば無料で相談できます。
親御さんがお住まいの地域に必ずあります。令和の「きびだんご」は各自治体に無料で設置されているということです。
「まだ介護が必要というほどではないけれど、最近ちょっと物忘れが心配で…」
そんな段階で構いません。まずは電話を一本入れてみてください。それだけで、「ひとり」ではなくなります。
| ● 北風と太陽 旅人のコートをどちらが脱がせられるか勝負をした、北風と太陽のイソップ寓話。北風が無理やり吹き飛ばそうとすると旅人はコートを固く押さえましたが、太陽がポカポカと暖かく照らすと、旅人は暑くなって自らコートを脱ぎました。 |
企業に設置された仕事と介護の両立相談窓口の相談員である私の元には、「親が言うことを聞いてくれない」というご相談が本当に多く寄せられます。仕事と介護の両立に関する相談全体の6割ほどがこの悩みに関わるものです。
「危ないから運転はやめて」「転ぶといけないからカートを使って」「ひとりでは危ないから介護を受けて」
周りから見ると危ないことだらけで、心配しているのに親御さんは「まだ大丈夫」の一点張り。親御さんの今後が心配で、つい強い口調になってしまって、罪悪感を感じると仰る方も…
怒ってしまうのも当然のことだと思いますが、せっかく親御さんのことを思っての行動なのに、互いに嫌な気持ちになるのはもったいないなと思います。
親御さんが介護を拒否する、抵抗感を感じているとわかった時には、「北風と太陽」の話を思い出してください。マーケティングで使い古された例えですが役に立ちます。
冷たい風を吹き付けるほど、頑なになった旅人と同じように、強く言われれば言われるほど、親御さんは「年寄り扱いするな」「自分はまだ大丈夫だ」と心を閉ざしてしまいます。これは人間として、ごく自然な反応です。
無理やりコートを脱がせるのではなく、ポカポカと照らして「自分から脱ぎたくなる」ように促す「太陽」のアプローチ。
私が普段の相談業務の中で提案している、具体的な「工夫」をご紹介します。
もし、親御さんが提案を受け入れてくれないときは、真正面から説得するのではなく、少しだけ角度を変えてみてください。
実の子供の言うことは、気恥ずかしさもあって素直に聞けないものです。でも、「お医者さんの言葉」や「孫のお願い」、あるいは「近所の○○さんの評判」なら、案外すんなり受け入れてくれることがあります。第三者の力を借りるのも賢い戦略です。
いきなり「週3回デイサービスに通って」と言うと、生活がガラッと変わるようで抵抗感があります。でも、「お風呂掃除だけプロにお願いしてみない?」「美味しいお弁当を届けてもらえるらしいよ」といった、小さな変化なら、「それくらいなら」と思ってもらえるかもしれません。
「年を取ったから世話してもらえ」というニュアンスに聞こえると、親御さんも受け入れにくいでしょう。
そんなときは、少し甘えてみてはどうでしょうか。
「心配で仕事が手につかないから、私を安心させると思ってやってみてよ」「腰を痛めて私は無理だから、誰か他の人に頼んでほしい」とかでしょうか。
「趣味の将棋ができる相手がいるからデイサービスに」とか、親御さんの好きなことを理由にできたらラッキーです。
そんなふうに、親御さんが自分を納得させられる「言い訳」を用意するとしぶしぶでも受け入れてくれる可能性が上がります。
ここでも大事なことは、一人で抱え込まないことです。
自分にも余裕が無い状態で、親御さんに優しくしようとしてできるなら苦労しませんよね。
わかったような話をしている私自身、自分の親にはすぐに怒ってしまいます。
他人だからこそ見えること、言いやすいこと、親御さんが受け入れやすいこともありますので、いろんなアプローチの仕方を毎日試している「介護のプロ」に聞いてみるのが効率的です。
まずは地域包括支援センターにご相談ください。
| ● わらしべ長者 ある男が、最初につかんだ一本の「わら」を、アブ、ミカン、反物、馬……と、旅の途中で出会った人々と次々に交換していく日本の昔話。小さなきっかけから交換を繰り返すうちに、最後には立派なお屋敷を手に入れました。 |
一気に問題を解決できるといいなと私も思いますが、介護の悩みで一発逆転ホームランのような解決策が見つかることはめったにありません。
昔話の「わらしべ長者」のように、最初はたった一本の「わら」から始まり、最後には立派なお屋敷(安心できる生活)を手に入れる。介護の体制づくりも、これと同じです。
最初から完璧なゴールを目指すのではなく、今、手元にある小さなリソースを大切にすることから始まります。
「日中家で何もしていないのでどんどん悪くなりそうだからデイサービスにでも行ってほしい」ぐらいの状況だとして、すんなりいかなければ
こう思った通りに進むかはわかりませんが、今の段階ですぐできることから初めて、状況に合わせて少しずつより良いものへ「交換」していく。その積み重ねが、結果として家族みんなが安心して暮らせる体制へとつながっていくでしょう。
親御さんの立場からすると、北風の太陽の話で出た「ハードルを下げる」というアプローチにあたります。
| ● 賢者の贈り物(けんじゃのおくりもの) O・ヘンリーの短編小説。貧しい若夫婦が、互いへのクリスマスプレゼントを買う費用を工面するため、夫は祖父譲りの金時計を、妻は自慢の長い髪を売ってしまいます。用意した「時計の鎖」と「髪飾り」は互いに使えなくなってしまいましたが、そこには深い愛がありました。 |
介護でも、結果が予想と異なることがたくさんあります。
親御さんの希望を尊重して自由にしていたら転んでしまった。逆に、安全のためにと手厚く看病していたら、動かな過ぎて筋力が衰えてしまった。
親御さんが意思表示できない時、家族が代わりに行う選択は、後から振り返ると「間違っていた」ように思うことがあるかもしれません。
そんな時、結果だけを見て落ち込まないでください。
ジムとデラの贈り物が無駄になっても二人の愛が変わらなかったように、ご本人を想って行動した、その「尊い動機」自体は、何一つ間違っていません。
人が年を取って行くことは止められません。途中経過を見れば、コントロールできないことばかりです。
でも、「親のために」と思って動いた、あるいは立ち止まったその優しさは、間違いなく正しいものです。
気休めかもしれませんが、そう考えないとやってられないな、と思います。
仕事と介護の両立において、私が大切にしてほしいこと。
それは、親の介護をどうするか悩んだら、自分自身の暮らしをどうしたいかに立ち戻っていただきたいということです。
この4つの物語が、ふとした時に心を軽くするヒントになれば嬉しいです。
もう少し具体的な戦略を知りたいという方は以下のセミナーレポートもご参考にどうぞ。
第30回全国ビジネスケアラー会議「介護が始まる前に!2000名の相談から見えた“事前に知ると楽になる”ヒント
木場 猛(こば・たける)
㈱チェンジウェーブグループ CCO/介護福祉士・ケアマネジャー/武蔵野大学別科 非常勤講師
東京大学卒業後、介護現場で20年以上・累計2,000件超の家族を支援した「仕事と介護の両立」の専門家。現在は両立支援クラウド「LCAT」や「ライフサポートナビ」の監修、年間400件の相談対応を行う。厚労省の有識者ヒアリング対応をはじめ、東京都・山梨県等の自治体、日本家族看護学会での登壇、パナソニックなど大手100社以上への支援実績を持つ。著書に『仕事は辞めない!働く×介護 両立の教科書』。月間1,000名規模の「全国ビジネスケアラー会議」モデレーターも務める。