正答率59% 介護はどこから始まるか? 見るべきは病名ではなく暮らしのつまづき。

正答率59% 介護はどこから始まるか? 見るべきは病名ではなく暮らしのつまづき。

その変化を、年のせいにしていないですか?


介護という言葉を聞いたとき、多くの人が思い浮かべるのは、救急車のサイレンや、ベッドの上の姿かもしれません。わかりやすい、劇的な変化です。

けれど、現場にいるケアマネジャーとして、一つだけお伝えしたいことがあります。 「本当の介護の始まり」は、そんなドラマチックな形では訪れません。

もっと静かで、もっと地味で、だからこそ気づきにくい日常の綻びから始まります。

先日、あるクイズの結果を見ました。 介護のはじまりを見極めるための全8問。その正答率は、わずか 59% でした。

約4割の人が、親が発している助けてほしいという無言のサインや、逆にまだ大丈夫という現状を、少し見誤っているということになります。

普段の仕事では細かな変化に気づく私たちが、なぜ親のこととなると迷ってしまうのか。それは、私たちが病名というラベルに気を取られすぎているからかもしれません。

まずは、次のリストをご覧ください。
親御さんの今の状況だと思って、役所に相談(要介護認定の申請)に行くべきものはどれか、選んでみてください。

 

【チェックリスト】これは介護のはじまり?

  • 同じことを何度も繰り返して聞くようになった
  • 脳梗塞で寝たきりになった
  • 心臓発作で入院したが、今は回復して元気(生活に支障はない)
  • 転びやすくなり、先月2回ほど転んだ
  • 耳が遠くなった
  • 常に足腰が痛いと言っている
  • 特に病気ではないのに、日中寝込んでいることが増えた
  • 最近配偶者が亡くなり、毎日の食事がままならなくなった

 

いかがでしたか?

例えば 「脳梗塞で寝たきり」などは、すぐに相談が必要だとわかると思います。 でも、それ以外はどうでしょうか?

実は、この8つのうち、プロが申請したほうがよいと判断するのは 6つ もあります

逆に、これはまだ申請しなくていいと判断されるのは、以下の2つだけです。

  • 3. 心臓発作だが今は元気
  • 5. 耳が遠くなった

多くの人が、この境界線を見誤ってしまう。
なぜ私たちは間違えるのか。そして、どこを見ればいいのか。
プロの視点で解きほぐしていきます。

 

派手な病気よりも、地味な痛みが怖い理由

まず、大切な視点を共有します。 要介護認定の審査において、もっとも重要なのは病名ではありません。

今の生活が、親御さんの力だけで無理なく回っているか。これだけです 。

リストの 3. 心臓発作 を見てください。

倒れた、入院、と聞くと慌ててしまいますが、治療を終えて元通りの生活ができているなら、焦って介護保険を申請する必要はありません 。

介護保険は生活を支えるための仕組み。今の生活が回っているなら、それは見守りで大丈夫な時期です。

怖いのは、むしろリストの 6. 常に足腰が痛い4. 先月2回転んだ の方です 。

ここで多くの人が、年なんだからあちこち痛いのは当たり前と考えてスルーしてしまいます。でも、プロの目はここで止まります。

痛いから、動くのが億劫になる。動かなければ筋力が落ちて、さらに動けなくなる。そしてある日、家の中で転んでしまう。

「2回転んだ」というのは、明確なアラートです。

これはたまたまではなく、歩く力が弱まっている証拠。救急搬送のような派手さはないけれど、この地味な不調こそが、寝たきりへと続く下り坂の入り口だったりします。

 

寂しさが生活を壊すとき

リストの 8. 配偶者が亡くなり、食事がままならない 。 個人的に、もっとも気にかけてほしいのがこのケースです。

身体的な病気ではないため、気の持ちようだ、しっかりして、と励ましてしまいがちです。しかし、連れ添った相手を失うことは、生活の土台が崩れるようなものです。

食事が作れない、食べられない。 これは単なる悲しみという感情の問題を超えて、生活を維持する力が弱まっている状態です 。誰かの手を借りて、生活のリズムを整え直す。そういったサポートが必要なタイミングなのです。

 

その物忘れの正体

リストの 1. 同じことを何度も聞く。実家に帰ったとき、「おばあちゃん、それさっきも言ったでしょ」と言ってしまったことはありませんか?

もし、30秒〜1分ほどで同じことを聞いてくるなら、少し注意が必要です

これは、誰にでもあるど忘れとは少し違います。 直前の出来事そのものを忘れているという、記憶のメカニズムのエラーかもしれません。

新しいことを覚えられない。まるで録音ボタンが押されていないような状態です。

ここでイライラしたり、何度も訂正したりするのは、お互いにとって苦しいだけです。もしかしたら記憶の病気かもしれないと冷静に捉え、早めに相談することで、お薬や関わり方で穏やかな時間を長く保つこともできます。

一方で、リストの 5. 耳が遠くなった。この場合は、まずは耳鼻科へ行きましょう。耳の機能の問題なら、補聴器などで解決して、また会話が弾むようになることも多いのです。

 

「まだ早いかな?」が、一番いいタイミング

ここまで読んで、うちはまだ大丈夫かなと思った方も、もしかしてと思った方もいるでしょう。

私たち現役世代は、日々仕事に追われています。 たまに電話をして元気?と聞けば、親は心配かけまいと元気だよと答えるでしょう。

でも、その言葉の裏側にある生活の様子を、少しだけ想像してみてください。

多くのご家族は、もっと悪くなってからじゃないと相談しちゃいけないと思っていらっしゃいます。でも、プロの本音を言えば逆なんです。 大きな怪我をする前に、最近ちょっと転びやすくて心配なんだと相談してほしい。杖一本、手すり一つで防げる事故があります。

介護保険という制度は、少し複雑に見えるかもしれません。でも、この制度は上手に使えば、親御さんの生活を支える心強い味方になります。

ヘルパーさんが来ることで、食生活が整う。デイサービスに行くことで、お喋りの相手ができる。 そうやって、親御さんの暮らしを、少しだけ楽に、安全に整え直す。

介護とは、決して暗いものではなく、生活の再編集だと私は思っています。

次に親御さんと話すときは、病気かどうかではなく、暮らしにくそうにしていないか という視点で、その暮らしのつまづきに注意してみてください 。

気づくこと。 そして、ためらわずに専門家(地域包括支援センターなど)に相談すること。 それが、働く私たちができる等身大の親孝行です。

 

この記事を書いた人

高畑 俊介(たかはた・しゅんすけ)
福岡大学 法学部卒
介護支援専門員、介護福祉士、産業ケアマネジャー

経歴
ケアマネジャーとして介護の現場に携わりながら、介護業界の働き方や制度についてSNSを通じた情報発信を継続。ICT活用や業務改善にも取り組んでいる。組織運営や人材育成を通じて、介護職のより良い環境の実現を目指して活動中。「仕事と介護の両立支援窓口」相談員を務める。「全国ビジネスケアラー会議」にも登壇。

 

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