
介護におけるご家族の最大の悩みのひとつが「施設入居のタイミング」です。
自宅では対応が難しくなってきたと感じつつ、
「施設に入れたら認知症が進んで急に弱ってしまうのではないか」
「施設での誤嚥の話を聞いて、不安です」
そういった不安を訴える方が、弊社の相談窓口にも非常に多くいらっしゃいました。
それでいて、本人もご家族も、できれば自宅で最後まで…というお気持ちがあり、「施設に入れるのはかわいそう」と仰る場合もあります。
どちらに決めても後悔しそう…という難しい悩みを抱えてらっしゃる方は他にも少なくないのではないでしょうか。
この悩みについて考えるにあたって、まず、ご高齢である以上、自宅にいても施設にいても、心身の機能は徐々に低下していくという前提は忘れてはいけません。残念なことですが、避けられない事実です。
その上で、施設入居という環境の変化が、
このどちらになるかは、ご本人の状態やタイミングによっても変わります。
本記事では、迷っているご家族が整理しやすいように、判断のポイントを以下の3つの視点から解説します。
※本記事は、在宅介護の負担が増してご自身の限界を感じつつも踏み切れないご家族の相談事例を基に構成しています。
環境が変わることで認知機能が低下したり、混乱やうつ状態になったりすることを「リロケーションダメージ」と呼びます。
このダメージは確かに存在しますが、すべての人に同じように起こるわけではありません。ご本人の現在の認知機能のレベルによって影響度は異なります。
実際に、施設入居される方の8割以上が認知症の診断後という統計もありますので、この考え方でそう間違っていないのではないかと思います。
認知レベルによるダメージの違い
| 状態 | 特徴 | 施設入居による影響 |
| ダメージが出やすい | まだ自宅での生活リズムや自身の居場所をはっきり認識できていて、自分の役割がある。 | 新しい環境への適応負荷や、自宅での役割を失うことのダメージが大きく、混乱や気力の低下が起きやすい。 |
| ダメージが小さい | すでに自宅がどこなのか認識できていない、日常の文脈が保てていない。 | そもそも「環境の変化」自体を認識しにくいため、心理的なダメージは比較的小さい。 |
判断のポイント
環境の変化が、その人にとって「適応可能な刺激」なのか、「過度なストレス」なのかを見極めることが重要です。もちろん、もともと暮らしていた自宅とは変わって大なり小なりリロケーションダメージは発生するので、簡単に転居することは望ましくありません。
「施設で転倒して骨折した」という話を聞くと不安になりますが、転倒リスクは場所(自宅か施設か)よりも、ご本人の「活動量」に依存します。
自宅で日中も動いている方
活動量が多い以上、自宅でも施設でも転倒リスクはあります。「施設だから転んだ」のではなく「動けるから転ぶリスクがある」状態です。
自宅でほとんど動かない方
施設に移っても活動量は大きく変わらないため、リスクは増えません。むしろ、施設の方が人の目(見守り)が増える分、予防や早期発見ができるケースもあります。
施設の見守り体制について
施設は危険が増える場ではなく、専門職が日々の様子を見守りながら安全に配慮する環境です。各施設で体制は異なるため、見学時に見守り方法やケアの方針を確認することが判断材料になります。
判断のポイント
「施設は危険、自宅は安全」という二元論ではなく、「現在の活動量において、どちらが見守りの目を確保できるか」で比較してください。
施設入居が増えてくるのは要介護3あたりからです。このデータも、入居の相場を考えるうえで参考になるかと思います。
「施設に入れたら誤嚥で亡くなってしまった」という話を聞くと不安になりますが、その原因がケアの方法や見守り体制にあるのか、老衰に伴うほぼ不可避なものなのかで意味合いが大きく変わります。
親御さんが今、どちらの状態に近いかで判断してください。
A. 自力で食事もとれる状態
B. 体全体の機能や飲み込む機能が衰えている状態
判断のポイント
親御さんが「B」の状態に近い場合、自宅で過ごしていても同じリスクがあります。むしろ、医療連携などの環境が整った施設の方が、苦痛の緩和や急変時の対応がスムーズな場合もあります。「場所」の問題ではなく「身体の段階」の問題として捉える視点が必要です。
誤嚥も転倒も、自宅ならゼロになり、施設なら高まるという単純な話ではありません。
最終的にご家族の決断が問われるのは、以下のどちらを選択するかです。
「施設に預ける=見捨てる」ではありません。日常の負担が増えてきている時は、ご家族だけで抱え続けるのではなく、プロと分担するチームケアへの移行の段階と捉えてください。施設であれ在宅であれ、ご本人のためにも、負担の分散を考えるタイミングです。
最後まで自分で見るのか親を見放すのか、介護でご家族が決断するのはそういった親をどうするかではなく、あくまでリスクや役割をどう分けるかです。
要介護4、5の重度の段階でも、ご自宅で介護を受けている方は4割程度いらっしゃいます。ご自宅で最後まで暮らすと決めている方も、無理なく、共倒れすることなく介護を続けるために、可能な限り専門職に頼ってください。
各段落で触れた「施設入居タイミングの相場」については、以下の記事でも解説しています。
【相談事例つき】親に合う介護施設をどう探す?検討タイミングや選び方について徹底解説
施設入居に踏み切るべきか迷ったときは、以下の3点を整理してみてください。
これらを一つずつ整理した上で、親御さん本人や関わる家族それぞれの思いを確認しましょう。感情的な迷いと、現実的な要素を切り分け、ご家族にとっての最適なタイミングが見えてくるはずです。
なお、親御さんが施設入居や介護認定などに強い抵抗感があるという場合に、ご本人の気持ちをどう考えるかは今回触れていませんが、以下の記事がご参考になるかと思います。
【相談事例つき】親に合う介護施設をどう探す?検説得ではなく“納得”を引き出す――親に行動してもらうための「子ども側の声かけ」のコツ討タイミングや選び方について徹底解説
施設探しのタイミングに関わる親御さんの気持ちについてはサポナビQAにもご質問が多く寄せられています。ご参考に。
サポナビQA 仕事と介護の両立相談室(施設探しカテゴリ)
木場 猛(こば・たける)
㈱チェンジウェーブグループ CCO/介護福祉士・ケアマネジャー/武蔵野大学別科 非常勤講師
東京大学卒業後、介護現場で20年以上・累計2,000件超の家族を支援した「仕事と介護の両立」の専門家。現在は両立支援クラウド「LCAT」や「ライフサポートナビ」の監修、年間400件の相談対応を行う。厚労省の有識者ヒアリング対応をはじめ、東京都・山梨県等の自治体、日本家族看護学会での登壇、パナソニックなど大手100社以上への支援実績を持つ。著書に『仕事は辞めない!働く×介護 両立の教科書』。月間1,000名規模の「全国ビジネスケアラー会議」モデレーターも務める。