仕事と介護の両立について、企業などで研修をする機会が増えてきました。対象となる人の多くは「まだ介護がはじまっていない人」です。そうした「まだ介護がはじまっていない人」の多くは、研修を受ける前は、介護にかかるお金についての不安が大きな状態にあることが多いようです。
研修では、もちろん、介護にかかるお金についても客観的な情報を提供します。ただ、その結論は簡単な話で、1人あたり平均で840万円程度かかる介護(介護期間としては10年間を想定)を乗り越えるには、仕事を辞めないで介護をすることが重要ということです。
多くの人が意外と想定していないのは、この840万円という数字は、1人あたりという点です。親が2人いる場合はもちろん、自分自身が介護をされることになる未来のためにも、必要になるお金です。親の介護と自分自身の介護で、合計20年程度は、介護に関わっているという人生設計が求められます。
介護には質があります。質の高い介護が受けられると、要介護者は、残されている能力をもって、日常生活を継続できるようになります。それが実現されると、家族にかかる介護の負担はかなり減らせます。結果として、介護離職のリスクは、かなり下げることが可能なのです。
これに対して、質の低い介護になってしまうと、要介護者はかなり不安定な状態になり、拘束されたり、孤独によって介護が重度化してしまったりします。結果として、家族にかかる介護の負担が大きくなり、介護離職のリスクが現実のものになりやすくなってしまいます。
「まだ介護がはじまっていない人」の多くは、本音として、介護は誰にでもできる仕事だと誤解しています。そうした誤解の原因は、質の高い介護と質の低い介護を見比べる機会がないことです。介護の質が問題になることを理解し、その質を高めるには、レベルの高い介護の専門職が必要になるのです。
研修の結果として「まだ介護がはじまっていない人」が驚くことは、仕事と介護の両立には(1)親について理解していること(2)介護の専門職の人脈が必要なこと、の2つです。実際に、研修後のアンケート結果では、この2つに関するコメントが中心になっています。
まず、大前提として、親が認知症になることを想定しておく必要があります。そのため、親の介護ニーズを理解するとき、親にそれを直接聞けない可能性が高いことを認識しておく必要があります。そして、質の高い介護においては、介護ニーズの把握が不可欠です。
介護ニーズというのは、簡単に言えば、介護を必要とする前の親の日常生活と、要介護となった後の生活のギャップです。そのため、元気だったころの親の日常生活に関する情報がなければ、介護ニーズを理解することができないのです。
つまり、介護ニーズを理解するためには、子供である「まだ介護がはじまっていない人」が、親について理解していることが必要になります。親の行きつけのスーパー、親が楽しみにしているイベント、親の交友関係とその連絡先、親の趣味や価値観など、とにかく親に関する情報が求められます。
そして、そうした介護ニーズを上手に充足させるためには、介護の専門職が必要になるのです。いかなる仕事でも、優れたパフォーマンスを出すには、人脈が必要になるでしょう。介護もまた同じで、介護の専門職の名刺をほとんど持っていない状態で、優れた介護ができるはずもありません。
木場 猛(こば・たける) 株式会社チェンジウェーブグループ リクシスCCO(チーフケアオフィサー)
介護福祉士 介護支援専門員 東京大学文学部卒業。高齢者支援や介護の現場に携わりながら、 国内ビジネスケアラーデータ取得数最多の仕事と介護の両立支援クラウド「LCAT」ラーニングコンテンツ監修や「仕事と介護の両立個別相談窓口」相談業務を担当。 3年間で400名以上のビジネスケアラーであるご家族の相談を受けた経験あり。セミナー受講者数、延べ約2万人超。
著書:『仕事は辞めない!働く×介護 両立の教科書(日経クロスウーマン)』
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