
「親の面倒を見るのは子供の務めだ」
「介護しないとかわいそう」
親の老いや介護の問題に直面したとき、こうした「世間の常識」が重くのしかかり、苦しんでいる方はまだ、多くいらっしゃいます。
結論からお伝えすると、
法律上、子供が「高齢の親の身体的な介護(オムツ交換など)を直接行う義務」はありません。
また、金銭面についても、「自分の生活や資産を犠牲にしてまで、親を支える義務」はありません。
しかし、真面目な方ほど「そうは言っても、世間体が…」と悩み、優しい方ほど「親のためにやってあげた方が…」と考えてしまいます。
そこで今回は、介護現場のリアルな数字と法律の条文に基づき、親の介護をしてあげたい人もしたくない人も、自分が倒れないために知っておいてほしい「現実的な境界線」と「負担を減らす対処法」を解説します。
本題に入る前に、一つ知っておいていただきたい事実があります。
私が介護職として関わってきたご家族のうち、肌感ですが約3割の方は「親の介護に関わらない」という選択をされています。
その中には「親と話もしたくない、1円も出したくない」という絶縁に近いご家族もいました。しかし、それでも親御さんは路頭に迷うことなく、公的支援を受けて生活できています。
なぜ、こうした情報が出てこないのでしょうか?
ネット上で目にするのは、今まさに現場で奮闘されている方々の切実な声が中心です。
一方で、「公的支援やサービスを利用して距離を置く」という選択をした方の日常には、目を見張るようなトラブルや、ドラマチックなエピソードは発生しにくいため、あえて発信されることが少ないのです。
また、私たち専門職や公的機関から、ご家族へ事務的な確認連絡をすることはどうしてもあります。
ご家族はその都度、必要な手続きや判断をしてくださっているのですが、淡々と事務処理をしているだけという感覚で、「介護をしている」自覚がないため、ネットに書くこともない、というのが実情でしょう。
そのため「関わらない」という選択をする方は、見えないだけで実は珍しくありません。それはご自身の生活を守るための正当な権利です。
「扶養義務」という言葉を耳にしたことがあると思います。しかし、民法における「義務」には明確なレベル分け(濃淡)があることはあまり知られていません。
法解釈において最も重要なのが、以下の2つの義務の違いです。
| 義務の種類 | 生活保持義務 (レベル高) | 生活扶助義務 (レベル中) |
| 対象 | 配偶者、未成年の子 | 親、兄弟姉妹 |
| 条文 | 民法752条、民法820条 | 民法877条 |
| 意味 |
「最後の一切れのパンを分け合う」義務。 相手が困窮していれば、自分の生活水準を下げてでも同等の生活を保障しなければならない。 |
「余力があれば助ける」義務。 自分の社会的地位にふさわしい生活を維持した上で、なお余裕がある場合にのみ援助すればよい。 |
親に対する義務は、右側の「生活扶助義務」にあたります。
つまり、法律は「あなたの生活を切り詰めてまで、親を助けなさい」とは言っていません。自分の生活を守ることは、法的に認められた権利なのです。
民法877条で定められている「扶養」とは、基本的には経済的な援助を指します。
実家に通い詰めて身の回りの世話をしたり、同居して介護をしたりといった「身体的な提供」までは強制されません。
現代における家族の役割は、直接手を動かすことではなく、「判断と承認」を行うことです。
具体的に「どこまで」やれば責任を果たしたことになるのでしょうか。
どのケースでも共通するのは、「家族はケア要員ではなく、サインをする人(承認者)になる」という考え方です。
無理をして援助する必要はありません。「ない」と伝えてください。
ご自身の収入が少なかったり、教育費がかかる時期であったりする場合、「余力がない」と判断されます。
前述の通り、親に対する義務はあくまで「生活扶助義務(余力がある場合のみ)」です。
▼ 推奨アクション
お金があるから必ず出さないといけないということでもありません。まずは本人の資産から考えて、公的支援を受けるための「事務代行」から。
勘違いされがちなのが、「自分にお金があるなら、必ず出さなきゃいけない」という思い込みです。
しかし、高齢の親の介護費用(介護保険等の公的補助を受けた上での自己負担額)は、原則として「親自身のお金」で賄うものです。
▼ 推奨アクション
「プレイヤー」から「マネージャー」へ。役割を少しずつシフトしましょう。
同居していると、「自分がやらなきゃ回らない」という状況も多いと思います。いきなり全てを手放すのは難しくても、今の「すべて自分がやる(プレイヤー)」状態から、少しずつ「プロに任せて管理する(マネージャー)」状態へ比重を移していくことは可能です。
ご自身を追い込まないよう、できるところから役割を変えていきませんか。
▼ 推奨アクション
「親をみる義務は自然発生しない」とお伝えしましたが、関わり方によっては責任が発生するケースがあります。怖い話ですが、漠然とした恐怖を消すために、法的な「NGライン」を知っておきましょう。
刑法218条(保護責任者遺棄等)により、責任を問われる可能性があります。しかし、単に「介護しない」だけで罪になるわけではありません。
法的なリスクを回避し、親の命も守るための最大の防衛策は、「行政へバトンを渡すこと」です。
自分たちで面倒が見られないと判断した時点で、放置するのではなく、地域包括支援センター等の相談窓口へ連絡をしてください。
「私たち家族ではもう支えきれません、助けてください」とSOSを出し、行政に介入してもらったという「記録」があれば、それは「遺棄(見捨てた)」ことにはなりません。適切な「保護の引き継ぎ」となります。
悩み別に、適切な相談先が異なります。「たらい回し」を恐れず、まずは電話で記録を残すことが、あなた自身を守る第一歩です。
▼地域包括支援センター
▼福祉事務所(生活保護担当課)
▼自立相談支援機関
親の介護問題において、最も大切なのは共倒れを防ぐことです。
法律は、子供に対し「親のために人生を捧げなさい」とは言っていません。
物理的な介護は義務ではありませんし、経済的な援助も、国や自治体の支援で足りない場合の「最後の調整」に過ぎません。
「できないことは、できない」と認め、行政や専門職にマネジメントを任せること。
それは、あなた自身の生活を守り、かつ親御さんが適切な公的支援を受けられるようにするための、前向きで責任ある選択です。
一人で抱え込まず、まずは一本の電話から「バトンタッチ」を始めてみてください。
参考)「地域包括支援センターはどんなところ?認知症との関係や役割を解説」
木場 猛(こば・たける)
㈱チェンジウェーブグループ CCO/介護福祉士・ケアマネジャー/武蔵野大学別科 非常勤講師
東京大学卒業後、介護現場で20年以上・累計2,000件超の家族を支援した「仕事と介護の両立」の専門家。現在は両立支援クラウド「LCAT」や「ライフサポートナビ」の監修、年間400件の相談対応を行う。厚労省の有識者ヒアリング対応をはじめ、東京都・山梨県等の自治体、日本家族看護学会での登壇、パナソニックなど大手100社以上への支援実績を持つ。著書に『仕事は辞めない!働く×介護 両立の教科書』。月間1,000名規模の「全国ビジネスケアラー会議」モデレーターも務める。