第二回
母も父も突然倒れ、いきなり同時多発介護になった
独身ワーキングウーマン・中村美紀50歳。
まるでわからない介護なのに、
父母の容態が変わるたびに次々と起こる問題に、
仕事一筋の経験を活かした「ビジネスフレームワーク」を使って、
なんとか解決策をひねり出し、乗り切っていくコミカルな体験物語ーー。
突然母が倒れました。
脳の手術をしましたが病状は思わしくなく、入院は長引きそうです。
倒れる直前まで、すこぶる健康だった母。あまりにも突然の出来事で、我々家族は、まだ現実として受け止め切れていません。
そんな時、家に母の友人から電話がかかってきました。
「次回の約束の件で〜」
あぁそうか!母のこの状態を、必要な方々に伝えなければいけないのか!
「えーっと、母は、あの、倒れまして、脳のこの箇所にメスを入れたのですが、容態が安定しておらず、右半身全てがこのように麻痺し、声が出ない状態で…」
どこまで、どう伝えていいか整理できていない私は、親しい母の友人だったのもあり、細かい内容まで伝えてしまいました。
すると母の友人は、状況を理解し、電話の向こうで泣き崩れてしまいました。
「あちゃ〜説明が生々しすぎたかも〜」
母が倒れたこと自体が悲しいのに、詳細まで説明されると、生々しすぎで受けとめるのがますます大変になってしまいます。
今まで、自分自身が母の倒れた悲しみを受け止めるのに必死で、周りの人に「どう伝えるか」ということまで考えていなかった私。
日頃クリエイティブコンサルタントとして活動している私は、シゴトをする際、クリエイティブに関する価値や意味を、言葉化することを求められることが多いので、母の病状について自分が理解した内容を、詳細まで言語化して、同じように伝えてしまいました。
これはいかーん!
母の状態を説明するというナーバスな内容は、詳細まで伝えればいいというものではありません。
事前に「誰に」「どのように伝えるか」整理しておいた方がいい、と思いました。
しかし、伝えるって、誰に?
まずは、母の交友関係の把握が必要です。
母は、交友関係が広い人です。
学生時代の友人、お勤め時代の友人、幼なじみ、ご近所友人、習い事友人…と、定期的に合っていたお友達でも結構なジャンル。
次回の約束はこちらから連絡とか、今回のお会計はどちらが負担とか、うまいこと約束事を決めて、定年後の第二の人生を謳歌している印象でした。
自分も歳を取ったら、こんな風に楽しめるかしら?と思ったほど。
これら母友人たちには、お約束もあるだろうから、母の状態を連絡したほうがいい。
ですが、私は全員を存じ上げているわけではありません。
どうしよう…。
問題解決のフレームワークで考えると、何事もまずは現状把握からです。
母の交友関係は、何を調べれば把握できるかを考えます。
母の友人との連絡手段を紐解くと、「携帯電話の電話帳」「家電話の電話帳」「年賀状」が浮かびました。全容を把握するには、これらを調べればいいはずです。
また、この3つを調べ、繰り返し出てくる人は、密な交友関係を築いていたと予測される方々。この方々をリスト化し、「連絡した方がいい対象の方々」とすることに決めました。
続いて、「どう伝えるか」です。
リストはできたものの、私は誰が誰だかわからないので、身内にヒアリングをかけることにしました。
対象は、父・姉・叔母(母の妹)ふたりの計4名。
聞いてみると、母からよく聞いていたあだ名の方の、本名はこちらか!などと、だんだん把握できてきました。
また、母の病状を伝えるにはどうすればいいかも相談しました。
結果、特に親密な方には連絡する、私が連絡しにくい幼なじみなどは叔母から連絡してもらう、それ以外の方は連絡が来たら説明する、ということに決めました。
伝え方は、あまり生々しくないように、ですが、今後のお約束は難しいことがわかるように伝える、と整理しました。
これで、「誰に」「どのように伝えるか」が整理できました。
母友人に連絡し、また電話をもらった方に説明を始めると、情報が広がったのでしょうか、どんどん連絡が来るようになりました。
母の状態を説明すると、何人かの友人からは「お見舞いに行きたい」と言われました。
その方々には、集中治療室にいる間はご遠慮いただき、容態が安定し、一般病棟に移ってから来ていただけるように、段取りをつけました。
(この時点では、新型コロナは発生していませんでした)
また遠方にお住まいで、お見舞いに来られないという方には、私からの説明でご容赦いただくことにしました。
容態が安定した段階で、お見舞いに来られた友人たちに会った母。失語によりお話はできなくとも、どなたにお会いしても満面の笑みを浮かべて喜びました。
私にとっては、母から名前だけうっすら聞いていた方々と、直接お会いできたことに。ご挨拶の際、母と今までどのようなお付き合いをされていたか聞くことができ、母の生き様を垣間見ました。
このように、母友人を把握し、どう伝えるかを整理してお伝えした結果、お見舞いの段取りまでつけることに。なかなか大変でしたが、母の笑顔で今までの苦労が吹っ飛びました。
ひと段落した段階で、私は一旦シゴトに戻りました。今でも、なんだかひとつやり切った感が、シゴトへの自身にもなり、母の笑顔を思い出すたびにシゴトへのモチベーションとなっています。
日々ひとつひとつ山を乗り越え、今日も、心の中で叫びます。
「こうして私はシゴトを辞めない!」
・突然親が倒れた場合、忘れてはならないのが、親の交友関係への連絡。
・親友人に連絡するたびに、親が倒れた悲しみを再び共有することに。連絡回数が増えれば、悲しむ回数も増える。精神的なタフさが必要。
・親の交友関係を調べる際、重要となるのが携帯電話の電話帳。調べる際に壁として立ちはだかるのが「パスワード」と「OS」。パスワード解読が大変なのはもちろん、自分と機種が違ったり、機種が古かったりすると、データを取り出すのに一苦労。親が元気なうちに聞いておくことをおすすめ。
・「親の交友関係の把握」は「親の生き様の把握」に等しい。親友人と話すごとに、親の知らない一面をみることに。こうでもしなければわからなかったと、前向きに受けとめたい。
これまでの連載記事
連載第一回「親の『お金事情』を把握する」
次回予告
連載第三回「親の『コト事情(習い事・イベントなど)』を把握する」
●プロフィール
中村美紀
クリエイティブコンサルタント・編集ディレクター
(株)リクルートグループに20年在籍。副編集長・デスクとして10以上のメディア実績を持つ。2012年に独立。紙・WEBメディア設計、編集コンテンツ企画制作、クリエイティブ研修講師、クリエイティブ教育・組織コンサルタントなどで活動中。国家資格キャリアコンサルタント・米国CCE,Inc. GCDF-Japanキャリアカウンセラーでもある。
木場 猛(こば・たける) 株式会社チェンジウェーブグループ リクシスCCO(チーフケアオフィサー)
介護福祉士 介護支援専門員 東京大学文学部卒業。高齢者支援や介護の現場に携わりながら、 国内ビジネスケアラーデータ取得数最多の仕事と介護の両立支援クラウド「LCAT」ラーニングコンテンツ監修や「仕事と介護の両立個別相談窓口」相談業務を担当。 3年間で400名以上のビジネスケアラーであるご家族の相談を受けた経験あり。セミナー受講者数、延べ約2万人超。
著書:『仕事は辞めない!働く×介護 両立の教科書(日経クロスウーマン)』
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