在宅勤務が進むと「仕事と介護の両立」は楽になるのか?結論から先にいうと、楽になるどころか、むしろ大変になります。特に経営者には、在宅勤務は「仕事と介護の両立」の問題を大きくしてしまうという認識を持ってもらいたいです。今回は、その背景について、記事にしておきたいと思います。
介護の負担を減らしてくれるのは、介護の専門性を持ったプロの介護職です。素人による介護は、低品質な介護となりやすく、それは結果として、介護の重度化につながります。医療だと、素人が手を出すべきではないとわかるのに、どういうわけか、介護なら自分でもできると考える人が出てきます。
しかし例えば、素人が入浴の介助をしていて、要介護者を風呂場で転ばせてしまえば、その要介護者は車椅子生活や寝たきりになってしまいかねません。さらに例えば、要介護者の持病(糖尿病など)を考えながら、栄養バランスに優れた美味しい料理をつくることに失敗すれば、持病が悪化してしまうかもしれません。
まず「仕事と介護の両立」においては、介護の負担を減らしてくれるのは、介護の専門性を持ったプロであることを認識する必要があります。医療と同じように、介護もまた、素人が手を出すと、大変な間違いを犯してしまう危険があることを理解してもらいたいです。
この認識を持つと、家族が在宅勤務になったからといって、高品質な介護ができるわけでないことはわかるでしょう。それこそ、在宅での仕事の合間に、素人なのに介護に手を出したりすれば、返って状況が悪化する可能性があります。素人による介護で、状況が改善することは(まず)ありません。
完全な在宅勤務になれば、会社の近くに住む必要性がなくなります。そんな時、親に介護が必要になれば、実家に帰って親と同居しながら介護をすることを選択する人も出てくるでしょう。しかし、これは非常に危険な選択です。
なぜなら、要介護者に(元気な)同居家族がいる場合(実質的に)保険では使えない介護サービスもあるからです。そうして(実質的に)使えなくなるのは、専門的には生活援助と呼ばれる介護サービスで、掃除、ゴミ出し、洗濯、買い物代行、調理、片づけ、爪切り、血圧測定、耳垢の除去などが該当します。
元気な同居家族がいても、正当な理由があれば、こうした介護サービスを受けられることもあります。例えば、同居家族が、仕事で日中は家にいないなら、昼食の準備とそれに必要な買い物などは、介護サービスとして利用できます。しかし、在宅勤務で同居家族が日中も家にいるようになれば、おそらく、そうした介護サービスは使えなくなるでしょう。
洗濯や掃除なども、同居家族がやらなければならなくなると、本当に大変です。特に、要介護者がしょっちゅう失禁をするような場合(洗濯や掃除の頻度が跳ね上がるので)、プロによる生活援助の介護サービスがなければ、とても仕事にならないでしょう。同居家族として要介護者と一緒に暮らすようになれば、生活援助のない状態になってしまうのです。
介護が必要になった親と同居することなく、離れて暮らし、そこで在宅勤務をしていると、罪悪感が大きくなる可能性もあります。そうかと言って、同居をすると、先に述べたように、一部の介護サービスが使えなくなり、介護の負担が非常に大きくなってしまいます。
在宅勤務をしていると、外食の機会は減り、自宅で調理することも増えるでしょう。そうして、もう1人分(介護を必要とする親の分)くらい調理してあげられないことを、心苦しく感じるのが人間だと思います。在宅勤務によって、家族といる時間が長くなり、家族の暖かさを認識すれば、なおさら、親のことが可哀想に思われてしまうでしょう。
在宅勤務で、通勤の時間がなくなり、時間的な余裕があるのに、親に会いにいかないのを、親不孝と感じる人も多いでしょう。同居についても、何度も悩むことになります。ある意味で、そうして悩みながら、罪悪感を育ててしまう時間が多くなるのが、在宅勤務の運命なのかもしれません。悩む時間が多くなり、罪悪感につきまとわれるようになると、ストレスが増えます。
そうして大きくなった罪悪感は、メンタルヘルスの不調につながってしまうかもしれません。外出しなくなり、室内にこもりがちになることのストレスと合わせて、在宅勤務は「仕事と介護の両立」に対して、良くない影響を与える可能性があります。経営者は、こうしたこを踏まえた上で、在宅勤務の環境を整備していく必要があると思います。
ここで考えたように、在宅勤務を前提として仕事をする場合、介護については(1)介護の素人が介護に関わることで返って負担が増える可能性(2)介護のプロへのアクセスが制限されてしまう可能性(3)本人の罪悪感が増すことでメンタルヘルス不調となる可能性、を考慮する必要があります。
在宅勤務が常態化するような時代になれば、今まで以上にエイジングリテラシー(高齢化に関する体系的な知識)が必須となるのです。特に、マネジメントの中核を担う人材には、在宅勤務がもたらすネガティブな影響について理解し、それを未然に防ぐための基本的な知識が求められます。
在宅勤務を進める場合、エイジングリテラシーはもちろんなのですが、他にも、チームビルディングとチームメンバーの健康管理が危機的な状態になります。これら、在宅勤務にともなうネガティブな影響については、正しい情報を得るための支援と、つながりを活性化させる支援の2つが必要になります(現在、これを実現するための教育パッケージを開発中です)。
必ずしも、すべての仕事が在宅勤務になるわけではありません。それこそ「仕事と介護の両立」を実現してくれる介護のプロたちの多くは、在宅勤務では仕事ができません。同時に、在宅勤務の方が高い生産性となる仕事もはっきりしてきました。そうした、在宅勤務を前提とした仕事における管理職は、在宅勤務によるネガティブな影響を減らすため、新しい知識で武装する必要があるのです。
a.tamemoto