Withコロナの時代は、リモートワーク・テレワークが「ニューノーマル」となる時代であり、従 業員の健康を守るために新しいマネジメントリテラシーが求められます。経営者や人事・総務担 当者はもちろんのこと、すべての監督者・管理者は、従業員・部下の心身の状態に対する感度を高める必要があります。
自宅からオンラインで業務を行うリモートワーク・テレワーク(以下、リモートワーク)が普通になってくると、リアルな職場環境に比べて、従業員の心身の状態はどんどん見えにくくなっていきます。これまでの職場では上司である監督者・管理者が部下たちの心身の状態を直接観察することができたために、ある程度までは予兆を発見し、早期に対応することができました。ところが、画面越しでの対面となるリモート環境ではこういったコントロールが利きにくくなります。
だからこそ、経営者やマネジメント層は従業員がリモート環境で健全に働くための新しいマネジメント手法を身に着けておく必要があります。ニューノーマルの時代には、(1)これまで以上に従業員の心身の状態に対する感度を高めることに加えて、(2)リモート環境で健全に働くための必須マネジメントリテラシーを深く理解した上で積極的に情報発信と実践をしていくことの両立が求められるのです。
では、従業員がリモート環境で健全に働くための必須マネジメントリテラシーとはどのようなものでしょうか?
少し細かくなりますが、具体例としては以下のようなものがあります。
・オンラインミーティングはできるだけ短くする(できれば30分でブレークを入れる)
・参加者の座りっぱなしには警鐘を鳴らし、息抜きや運動を促す
・参加者は時に孤独を実感することがあるため、電話による1対1の雑談なども活用する
・必要に応じてオンライン勉強会など、仕事以外のミーティングも開催する
このように、従来型なら思いもよらなかったような新しい方法論が挙げられます。
新しいマネジメント手法が求められている背景にあるのが、リモートワークが従業員の健康を蝕んでいるという事実です。実際、リモートワーカーの31%が、何らかの体調不調を抱えているという調査結果があります。さらにこのうち27%、つまり、リモートワーカーの10%近くの状況は深刻で、病院に行かないといけないレベルにまで追い込まれています。関係者はこの事実をよく理解しておく必要があります。
リモートワーカーが感じている不調は多岐に渡り、どれも放置しておくと病気の原因となるものばかりです。会社としては、多くの従業員が病気になれば業績にも影響しかねません。例えば睡眠不足ひとつ取っても、企業収益に大きな影響を及ぼしたとされる事例が報告されています。
自動車部品大手のデンソーが過去に1600億円ほどの利益を出していた年に、従業員の睡眠不足によって200億円の損失があるという評価を労働組合がしたことあるのです。もし会社が従業員の健康を念頭に置いて睡眠不足を解消するような対策を打っていたなら利益は1800億円ほどにもに跳ね上がった計算になります。株主からすれば従業員の健康を守る「健康経営」はもはや看過できない重要事項になっているのです。
リモートワークによる体調不良は男女間で違いがあることにも注意が必要です。女性の体調不良の第1位は肩こりであるのに対して、男性の第1位は精神的なストレスです。精神的なストレスはメンタルヘルスに直結するので危険です。経営者や人事・総務部門は、この事実を念頭に置いておきたいところです。
リモートワークがニューノーマルとなった現在、従業員の体調不良を引き起こす要因は大きく二つに集約できます。一つは運動不足や座りすぎ。もう一つはコミュニケーション不足による孤独感の増大です。この二つの問題が、脳機能の低下を引き起こし、老化や疾病リスクの加速につながっている可能性が高いのです。
実際に、リモートワーク時代になってから、従業員の歩数と運動量はガクッと減っています。新型コロナウイルスの感染拡大が始まる以前の職場では、たとえ会議が隙間なく入っていたとしても、少なくとも会議室と会議室の間の移動やオフィスの階段の上り下りなど身体を動かす機会がありました。しかし、リモートワーク時代になってからは、次から次へとオンラインの会議や打ち合わせを詰め込み、ほとんど椅子から離れることなく業務を続ける人が増えているのです。
運動不足と関連しますが、“座りすぎ・座りっぱなし”は早期死亡率を高めるリスクの大きな問題です。オンラインミーティングのスケジュールが隙間なく入っているリモートワーカーたちは、指摘しなければ座りっぱなしのまま次から次へと会議や打ち合わせを進めてしまうことがあります。
監督者・管理者の立場にいる人は、1日中、次から次へとミーティングをしているような部下の予定表を一度見てみるといいでしょう。ぎっしりと詰まった予定はリモートワーク以前と変わらないかもしれませんが、その内実は大きく変わっているのです。リアルな環境ではあったはずの会議間の移動が、リモートワーク環境ではまったくなくなっていることに注意しなくてはいけません。
こうした座りすぎは年齢にかかわらず老化を加速し、疾病のリスクを上げます。最新研究では「座りすぎ」は早期死亡率に大きく影響することがわかっています。リモートワークがニューノーマルとなった現在は、本当にまずい状態になっているのです。
医学的には、運動不足と精神的ストレスによって老化スピードが進むことが示されています。最近の研究では、運動不足とストレスによって染色体の末端にあるテロメアが短くなるという報告があります。
テロメアの長さは細胞分裂の分裂回数を決めているもので、運動不足や精神的ストレスがあるとこれが短くなり老化スピードが速くなります。逆に、運動量が増え、ストレスから解放されることでテロメアの長さが維持できるということが最近の研究でわかっています。
このことから、在宅勤務によって歩数や階段昇降などの運動量が低下すると老化が進み、結果としていろいろな病気になりやすくなるということが見えてきます。老化が早く進めば結果として早期死亡率が上がってしまいます。
新型コロナ以前の社会では特に意識せずにやっていた運動、例えば通勤時の歩行や階段の上り下りなどがリモートワークによってなくなり、これによって社会全体の老化スピードが上がっていることを私たち全員が自覚する必要があります。実に大きな社会的な変化です。
運動不足・座りすぎの問題と並んで、もう一つマネージャーが認識しておかなくてはいけないのは、リモートワーク環境下では従業員の孤独感が増しているという事実です。その原因として、リモートワーク環境では、報告・連絡・相談・雑談といったコミュニケーションの頻度が軒並み大きく減ることが挙げられます。
新型コロナ以前から、会社におけるコミュニケーションとしての報告・連絡・相談の大切さは指摘されてきましたが、“リモート環境では報連相”が減るだけでなく、それ以外の雑談も減っています。一般に優れた上司や経営者は部下や従業員を人間として尊重していて、人と人が尊厳を認め合うことは雑談を通じて行われると言われます。この意味で雑談は、報連相と並んで重要な役割を果たしています。
特にウェブ会議やテレビ会議を使う場合には、相談の頻度が半分以下に、雑談に至っては3分の1以下に減ってしまうという調査結果が出ています。そもそもリアルな場でも、報連相が100%できているところはほとんどありません。これはどんな会社でも管理職の抱える大きな悩みですが、リモートワークでは報連相のみならず、雑談を含めたコミュニケーションの総量が大きく落ち込んでしまうのです。特にウェブ会議やテレビ電話ばかりをやっている会社は危険です。下の図の紺色の太線で囲んだ部分を見るとそれがよくわかります。
コミュニケーションの総量が不足することは、リモートワーカーの孤独感の増大に直結します。そして、孤独は体調の悪化やメンタルヘルス、仕事の遂行能力、疾病リスクにも影響する大きな問題です。
リモートワークの頻度と孤独感の関係を見ると、頻度が高ければ高いほど孤独感を感じる傾向が高くなっています。実際にリモートワーカーの28%が孤独を感じています。リモートワーク環境にある職場では孤独感の増大が大きな課題になっていることがわかります。
孤独は世界的にも最も大きな問題の1つと認識されているもので、イギリスでは孤独担当大臣を置いたくらい重視されています。それほど多くの人が孤独を感じる社会になっているのです。従業員の孤独を人事や経営者が放置することは企業業績にも影響を及ぼしかねず、今後株主が許してくれない問題になるでしょう。企業としては、早急に手を打つ必要があります。
様々な問題をはらんでいるリモートワーク時代には、監督者・管理者、つまりマネージャーへの教育がこれまで以上に大事になってきます。今の時代、多くのマネージャーは、部下の健康管理が極めて重要な仕事であることを理解していますが、リモートワーク時代の新しいマネジメントスキルについてはハッキリわかっておらず、不安に思う人が増えています。新しいスキルや方法論の構築が急務と言えるでしょう。
実際に、多くの管理者がリモートワーク環境下のマネジメントに対して不安を感じています。下の図は、過去にリモートワーク・テレワーク経験のある管理職、もしくは未経験だけれども理解はしているという管理職が部下のマネジメントに対してどのような不安を感じているかという調査をしたものです。青がテレワークを経験した人で、赤が経験してない人です。
今後、リモートワークのシステムはさらに進化して現場への導入が進んでいくでしょう。以前は対 面でしかできなかった仕事が今後も対面のまま行われるかどうかは非常に疑わしいところです。 例えば、ウェビナーと呼ばれるオンラインセミナーの技術・サービスを使うことで世界中の従業 員に研修を届けるようなことも現時点でできています。リモートワーク化の流れは加速こそすれ減速することはまずありません。
従業員の健康問題を解決するためにコストを投入すれば、大きなリターンが返ってくるという 「健康経営」の考え方は、もはや世界の企業人や株主の共通認識となっています。こうした健康 経営を進めるためにも、企業はリモートワーク時代のマネジメントスキルを早急に確立し、まず は現場のマネージャーたちに伝えていくことで現場のリテラシーを上げていく必要があります。
木場 猛(こば・たける) 株式会社チェンジウェーブグループ リクシスCCO(チーフケアオフィサー)
介護福祉士 介護支援専門員 東京大学文学部卒業。高齢者支援や介護の現場に携わりながら、 国内ビジネスケアラーデータ取得数最多の仕事と介護の両立支援クラウド「LCAT」ラーニングコンテンツ監修や「仕事と介護の両立個別相談窓口」相談業務を担当。 3年間で400名以上のビジネスケアラーであるご家族の相談を受けた経験あり。セミナー受講者数、延べ約2万人超。
著書:『仕事は辞めない!働く×介護 両立の教科書(日経クロスウーマン)』
詳細はこちら>>