環境省の『熱中症環境保健マニュアル2022』によると、日常生活で摂取する水分のうち、飲料として摂取すべき量は1日あたり1.2リットルが目安とされています。しかし、高齢者がこれを達成するのはなかなか難しいことです。
今回は、高齢者の水分補給にまつわるリスクと悩みを解決するためのヒントを紹介します。
水分補給は大変重要です。それにも関わらず、高齢者が水分を取りにくくなることは、珍しいことではありません。これには主に2つの理由があります。
高齢者は加齢により感覚機能が低下すると、のどの渇きが感じにくくなります。そのため、気付かぬうちに水分不足に陥る傾向があります。
感覚的にではなく、「コップ1杯200ミリリットルを何杯飲んだ」「午後は500ミリペットボトルを1本飲む」など、水分補給を見える化することが重要です。
高齢者にとっては、お手洗いに行く回数が増えることは身体的に負担であり、また、失敗することへの心理的な不安もあります。そのため、お手洗いに行かなくて済むように、水分補給を控える方は多くいらっしゃいます。ただ、それによって体調が悪化してしまうと本末転倒です。
夜間のお手洗いが心配な場合は、就寝前は控えて日中に十分に水分を取ったり、外出時はお手洗いを済まして出かける、トイレを見かけたら声をかける、など、お手洗いの不安を和らげることで、水分補給を妨げることのないようにサポートしましょう。
特に高齢者の場合、水分が不足すると、様々なリスクが連鎖的に起こります。以下が具体的な症状です。これらの症状が表れた場合は、少しずつで良いので、積極的に水分を取るように心がけましょう。
めまいや立ちくらみがしたり、歩行状態が不安定なときは、一因として水分不足を疑います。ふらつきは転倒の要因となり、最悪の場合は骨折にも繋がります。また、夏場は、めまいやふらつきが熱中症の初期症状であることもあります。熱中症は症状が進むと、頭痛や嘔吐、意識障害が現れ、時に死に繋がります。
体内の水分が不足し、血液が濃くなって固まりやすくなると、脳梗塞や心筋梗塞のリスクが高まります。水分をしっかり取ることは、脳梗塞や心筋梗塞を予防する基礎的な対策となります。
電解質のバランスが崩れて脳の神経細胞の活動が妨げられることで、一時的に認知症のような記憶の混乱や、ボーっとするなどの症状が現れることがあります。特に夕方に記憶や気持ちが不安定になるときは、日中の水分量が不足している可能性が考えられます。
高齢になると運動不足や薬の副作用で便秘になるケースが多いですが、水分不足によって、さらに便秘が悪化します。便秘による腹痛や不快感は、認知症状の悪化にも影響します。
皮膚が乾燥しがちになり、かゆみを引き起こすことがあります。かゆみは精神的負担や寝不足にも繋がります。
では、どうしたらしっかり水分補給をすることができるでしょうか。ポイントは2つあります。「モノを変えること」と「意識を変えること」です。ただし、心臓・腎臓の疾患等で水分摂取に制限がある場合は医師の指示を守ってください。
いつも飲むのは麦茶や水という方が多いかもしれませんが、味を変えるとよく飲める場合があります。お茶には黒豆茶やジャスミンティー、ミルクティーなどバリエーションが豊富なため、他の味も試してみましょう。
炭酸や乳酸飲料、栄養ドリンク、スポーツドリンクも人気があります。紫蘇ジュースなど、旬を活かした飲み物もおすすめ。ただし糖分の取りすぎには注意しましょう。
冷たい(時には氷入り)・熱いなど、温度の好みも考慮してみてください。
どうしても「飲む」ことが難しい場合は、食事で補うことを考えましょう。みそ汁、スープ、シチュー、煮物、お浸し、キュウリやナスなどの夏野菜、ゼリー、寒天、スイカやみかんなどの果物には多くの水分が含まれています。
飲料水の代替となるわけではありませんが、水分摂取には繋がります。食卓に一品、付け加えてみてはいかがでしょうか。
いつも使っているお気に入りのマグカップなら飲みやすいという方もいらっしゃれば、軽いプラスチックコップ、透明感のあるガラスのコップなど、飲みたくなるような容器も人それぞれです。
とりわけストローの使用は常套手段です。パウチタイプのゼリー飲料も試してみる価値があるでしょう。
飲むことを繰り返し促すのは、介護者にとっても大変なことです。そんなときは、「乾杯」してみましょう。これは介護施設でもよく取られている手法です。
乾杯すると、その時の一杯は口にしないといけない雰囲気になりますよね。中身はお茶で十分です。食事中、何度でも、乾杯してみましょう。
「カメレオン効果」とは、人間が意識をせずに他の人の真似をしてしまうことを差します。代表的な例として、あくびがうつる現象が挙げられます。
同様に、自分が飲み物を飲むと、それを見た相手も無意識に飲むことがあります。お茶の時間にさりげなく試してみてはいかがでしょうか。
水分摂取量は1日1200mlが目標ですが、これを分割すると、コップ1杯(200ml)を計6回飲めばよいことになります。1日のうちに水分を取るタイミングを決めて、時間表をつくり、冷蔵庫など目に付くところに貼っておきましょう。たとえば①起床時②朝食時③昼食時④おやつ時⑤夕食時⑥入浴後と設定すると、おのずと1日の摂取量を達成できます。
特に朝起きてからの寝覚めの一杯は、腸の蠕動運動を促すことで自律神経を整えるほか、血糖値の上昇を抑えてくれるというメリットがあります。まずは朝にコップ一杯のお水を飲んで、脳と身体を気持ちよく起こし、潤いのある一日をスタートさせることから始めてみてはいかがでしょうか。
以下では、実際の相談事例とその対処法を紹介します。
~相談事例~
自宅で80代の母を介護しています。よく、水分はたくさん取ったほうがいいと聞くので、しっかり飲んでもらいたいと思っています。一緒に食事をするときには声をかけるようにしていますが、日中は仕事に出ているので、テーブルの目の付くところにペットボトルのお茶を置いています。ですが、喉が渇かないのか、なかなか進みません。どうしたら飲んでもらえるでしょうか。(50代女性、会社員)
~対処法~
飲み物や容器など「モノ」に工夫を加えるとともに、「意識」を変えることがポイントです。
まず、飲み物の中身や容器を変えてみましょう。夏なら涼しげなガラスのコップに炭酸飲料、夏ならご本人が気に入っているマグカップにハーブティーを一杯用意してみるのはいかがでしょうか。糖分制限がなければ、ミルクティーのペットボトルなども試してみてもいいかもしれません。
また、目の付くところに『水分補給の時間目安表』を貼って意識づけをしましょう。時間表は、生活スタイルに合わせて、水分が取れそうな時間に設定します。水分補給を行うタイミングを生活リズムのうちに取り入れることで、飲むことを習慣化していきましょう。
高齢者の場合、のどの渇きの自覚がしにくくなったり、お手洗いの懸念から、水分補給が十分にできないことが多くあります。しかし、体内の水分が不足すると、認知機能の悪化や、ふらつきによる転倒、脳梗塞や心筋梗塞など数多くのリスクが引き起こされます。
そのため、「モノ」や「意識」にちょっとした工夫をして、少しでも楽しく水分を補っていきましょう。
また、水分補給は、忙しいとつい疎かになりがちです。ご家族も仕事や家事、介護の合間に一息ついて、身体と気持ちを潤してくださいね。
介護支援専門員(ケアマネジャー)・介護福祉士
京都大学卒業後、介護福祉士として、介護老人保健施設・小規模多機能型居宅介護・訪問介護(ヘルパー)の現場に従事。その後、育休中に取得した介護支援専門員の資格を活かし、居宅ケアマネジャーのキャリアを積む。「地域ぐるみの介護」と「納得のいく看取り」を志している。
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