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ピグマリオン効果とは?(Pygmalion effect)

笑顔で会話する30代日本人女性とシニア女性 #コラム

 

この記事を書いた人

株式会社リクシス 酒井穣

株式会社リクシス 創業者・取締役 酒井 穣
慶應義塾大学理工学部卒。Tilburg大学経営学修士号(MBA)首席取得。商社にて新規事業開発に従事後、オランダの精密機器メーカーに光学系エンジニアとして転職し、オランダに約9年在住する。帰国後はフリービット株式会社(東証一部)の取締役(人事・長期戦略担当)を経て、2016年に株式会社リクシスを佐々木と共に創業。自身も30年に渡る介護経験者であり、認定NPO法人カタリバ理事なども兼任する。NHKクローズアップ現代などでも介護関連の有識者として出演。

著書:『ビジネスパーソンが介護離職をしてはいけないこれだけの理由』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2018)、『ビジネスケアラー 働きながら親の介護をする人たち』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2023)

 

「ピグマリオン効果」とは?

「ピグマリオン効果」とは、アメリカの心理学者ロバート・ローゼンタール教授(Robert Rosenthal)が1964年に提唱した概念です。その中心的なところは「人間は、誰かに期待されると、その期待にそうように成長する」というものです。

この概念は、教育の世界で特に参照されることが多くあります。たとえば「教師が生徒の可能性に期待することで、生徒の学習効果は高まる」といった具合です。教員の研修などでも、頻繁に取り上げられる概念になっています。

ピグマリオンとは、もともと、ギリシャ神話に出てくる王様の名前です。ピグマリオン王は、自分で彫った象牙の女性像(彫刻)に恋をします。その恋の強さに打たれたアフロディーテ(愛を司る女神;オリュンポス12神の1柱)は、その彫刻に命を与えたのでした。ここには「相手にかける期待の強さが、相手のありかたを変える」という教訓が含まれています。そこから「ピグマリオン効果」という名前が生まれたのです。

「ピグマリオン効果」は、よりわかりやすく「教師期待効果」と呼ばれたり、提唱者の名前を取って「ローゼンタール効果」と呼ばれることもあります。逆に、相手に期待しないことで、相手の学習効果が下がる傾向も観察されており、この逆の現象は「ゴーレム効果」と呼ばれたりもします。

ただし「生身で空を飛べる」という期待をされても不可能なように、期待のかけ方にも作法があります。まず、期待の内容を実現できるだけのロジカルな方法論があることが大事です。また、期待をかけるほうが、それを相手が本当に実現できると信じていることも重要だと考えられています。

 

いつもキレイに使っていただき、ありがとうございます!

この「ピグマリオン効果」は、教育の世界においてよく参照されているものですが、応用範囲は非常に広いです。「カラーバス効果」を働かせて、この社会にあふれる「ピグマリオン効果」を探してみると、驚くほど多数の事例を見つけることができるはずです。

たとえば、公共のトイレを思い出してください。ちょっと昔までは「トイレはキレイに使いましょう!」といった表記がありました。しかし最近では「いつもキレイに使っていただき、ありがとうございます!」といった表記になっています。この表記にしたほうが、トイレがキレイに使われるからです。ここには、トイレ利用者に対する期待の表明、つまり「ピグマリオン効果」があるわけです。

さらに「メダルを獲得する」と宣言するスポーツ選手のほうが、そうした宣言をしない選手よりも、メダルの獲得率が高いと言われることがあります。これは、宣言することによって周囲から期待を集め、結果として「ピグマリオン効果」を生み出しているとも考えられるでしょう。

また、夫婦関係においても、妻が期待する方向に旦那が成長していくような話が散見されます。ここにも「ピグマリオン効果」の存在が感じられるでしょう。逆に、妻が旦那に期待しないために、旦那の成長も止まり「ゴーレム効果」が発動してしまっているような話も聞きます。

 

介護の世界における「ピグマリオン効果」

当然、介護の世界でも、多数の「ピグマリオン効果」を見つけることが可能です。以下、典型的な例を3つほどとりあげてみます。これ以外にも、たくさんあると思うので、そこは読者も自分で考えてみてください。

1. 家族が介護職を暑苦しく感じる

介護職は、要介護者の可能性を信じて、期待して活動します。要介護者ができなくなってしまったことを、また、できるように、いろいろなトレーニングを提案したりもします。こうした状況を要介護者の家族が見ると「ちょっと暑苦しい」と感じることがあるようです。しかし、こうした介護職の態度の背景には「ピグマリオン効果」があります。彼ら/彼女らは、要介護者自身が「無理だ」と感じていることを、プロの介護職として打ち破ろうとしているのです。家族は、あくまでも、目の前の要介護者しか知らないので、期待してもどうにもならないと考えてしまいがちです。しかし介護職は、介護経験の中で、奇跡のような回復を何度も見ています。そうした経験から、介護職は、家族以上に要介護者の可能性を信じられるという側面もあるのです。

2. プロ顔負けの介護知識をもった家族が存在する

ときに、家族の中には、プロの介護職が驚くほどに介護知識をもった人もいます。調べてみると、そうした人は家族会に参加して、介護に悩む他の家族をサポートしていることが多いようです。他の家族を支えているうちに、自然と、深く広い介護知識を学んでいるのです。他の家族からの「介護の先輩」としての期待が「ピグマリオン効果」につながっているのでしょう。こうした人は、素人のレベルにとどまらず、介護系の資格も取得していたりします。そして、自分の介護が終わったあとに、プロの介護職としてのキャリアをスタートさせている人までいるのです。「ピグマリオン効果」という視点から、こうした人が生まれるメカニズムを研究すれば、介護職の人材不足も改善するかもしれません。

3. 感謝の気持ちを正しく表現できる要介護者は上手くいく

要介護者の中には、家族や介護職から嫌われてしまい、孤立する人も少なくありません。逆に、家族や介護職から好かれており、話を聞くとびっくりするレベルでの支援を得ている要介護者もいます。この違いは、実は、とても簡単なことです。この違いを生み出しているのは、要介護者が「感謝の気持ち」をきちんと表現しているかどうかです。相手への感謝というのは、相手の存在を大事に思っており、相手に期待しているということの表明でもあります。感謝は「ピグマリオン効果」を伴うため、感謝される相手が、要介護者の期待に応えようとしてくれるわけです。そう考えると、感謝の重要性というものがあらためて感じられるでしょう。介護に限らず、私たちは、多くの人から支援を受けて生きています。そうした支援の強さを決めるのは「ピグマリオン効果」であるという認識を持つと、他者への感謝のしかたも変わってくるはずです。

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