
「いつか親の介護が始まったら、今の仕事を続けられるだろうか」
そんな不安を抱えながら、日々の仕事に向き合っている方は多いのではないでしょうか。 40代、50代の働き盛り世代にとって、親の老いは避けては通れない課題です。
ただ、介護が始まってから「どうしよう」と慌てるのではなく、少し視点を変えてみましょう。 「介護が必要になる時期を少しでも先送りにする」 つまり、親御さんの健康寿命を延ばすことで、仕事と介護の両立の難易度はぐっと下がります。
今日は、理学療法士として多くの高齢者とご家族を見てきた経験から、親子が共倒れせず、笑顔で過ごすための具体的な道筋をお話しします。
まず、少しだけ数字のお話をさせてください。「平均寿命」と「健康寿命」という言葉、皆さんも耳にしたことがあると思います。
実は、この2つの間には大きな開きがあります。 男性で約9年、女性で約12年。
この期間は、何らかのサポートや介護が必要になる可能性が高い期間を指します。 女性の場合だと12年。「12年て……ほんまに長い期間やなぁ」と感じませんか。
仕事と介護の両立において、この期間が長引くことは、皆様のキャリアにとっても、親御さんの生活の質にとっても大きな課題となります。 私たちの目標は、親御さんの寿命そのものをコントロールすることではありません。この「誰かの手助けが必要な期間」をできる限り短くし、親御さんが自分らしく過ごせる時間を一日でも長くすることなのです。
健康な状態から、いきなり介護が必要な状態になるわけではありません。 その間には「フレイル(虚弱)」と呼ばれる段階があります。
フレイルとは、年齢とともに心身の活力が低下した状態のことです。
ここで私が一番お伝えしたいのは、フレイルは、適切な対応をすれば健康な状態に戻れるということです。 ここが非常に重要なポイントです。このサインに気づいて引き返すことができれば、健康寿命は延ばすことができます。
フレイルは、ある日突然足腰が弱って歩けなくなるのではありません。実は、最初のドミノは「体の不調」ではないことが多いのです。
こうしてドミノが倒れていく先に、介護が必要な状態が待っています。 「最近、お母さん出不精になったな」「集まりに行かへんようになったな」というのは、単なる気分の問題ではなく、このドミノが倒れ始めたサインかもしれないのです。
では、どうやってその変化に気づけばいいのでしょうか。 帰省した際などに、会話の流れでさりげなく確認できる方法をご紹介します。
これは、ふくらはぎの太さで筋肉の状態を見る方法です。
「お母さん、ちょっと足の太さ測らせてや。最近これ流行ってるんやって」なんて言いながら、遊び感覚でやってみるのがおすすめです。
久しぶりに会った時の会話の中に、次の3つの視点を混ぜてみてください。
これらは、生活機能が低下し始めている重要なサインです。
フレイル予防のために、ご家族にぜひ知っておいていただきたいのが「食事」の考え方です。 はっきり申し上げますと、60代までの「健康的な食事」と、70代からの「健康的な食事」は全く別物です。
親御さん世代も、そして私たち子世代も「粗食が体にいい」「痩せている方が健康」と思い込んでいることがよくあります。しかし、高齢期においては、痩せていることのリスクの方が高いのです。データを見ても、少しぽっちゃりしているくらい(BMI27程度)の方が、死亡リスクが低いことがわかっています。
私たち子世代の「ヘルシー」は、親にとっての低栄養リスク。
「お父さん、もうメタボ気にする歳ちゃうで。しっかり食べてや」 そう声をかけて、意識の「ギアチェンジ」を促してあげてください。
フレイルを予防し、進行を食い止めるには、「栄養」「運動」「社会参加」のバランスが大切です。
お肉やお魚、卵、豆腐。これらを意識して摂るように勧めてください。また、誰かと一緒に食事をすることは、栄養摂取だけでなく心の健康にも非常に効果的です。
激しい運動は必要ありません。「今までより10分多く体を動かす」という意識で十分です。散歩や、家の中での足踏みなど、無理のない範囲で筋肉を維持しましょう。
趣味のサークル、ボランティア、地域の集まり。誰かと会い、話をすること。 これが、孤立を防ぎ、心と体の元気を保つ何よりの薬になります。
仕事と介護の両立において一番怖いのは、予期せぬタイミングで親御さんの状態が悪化し、生活が一変してしまうことです。 ですが、今日お話ししたように、老いの坂道を転がる前には必ず「予兆」があり、そこで私たちが手助けできることがあります。
これらは親孝行であると同時に、あなた自身の生活とキャリアを守るための大切な準備でもあります。
どうか、お一人で背負い込まないでくださいね。 親御さんが元気なうちにできることは、意外とたくさんあるものです。 今度の週末、「最近、美味しいもん食べた?」と電話してみることから始めてみませんか。

佐々木 元勝(ささき・もとかつ)
理学療法士、元デイサービス管理者
新卒で理学療法士免許を取得してから約10年以上、介護現場に身を置き、現在までに介護される人・介護する家族さん達延べ3000人以上の方々と関わる。また、地域住民向けに「介護に関すること」「健康な体作り」等のセミナーを50回以上開催。介護や認知症をもっと身近に感じてもらうためのワークショップを開催している。自身の経験を元に電子書籍も2冊出版。
「超簡単 管理者・リーダーのための介護業務を整理する5つの方法」
「妻が妊娠したら、夫から始める14のこと」