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介護をする家族が集う「家族会」の背景と運用上の注意点(セルフヘルプ・グループの研究事例から)

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株式会社リクシス 酒井穣

株式会社リクシス 創業者・取締役 酒井 穣
慶應義塾大学理工学部卒。Tilburg大学経営学修士号(MBA)首席取得。商社にて新規事業開発に従事後、オランダの精密機器メーカーに光学系エンジニアとして転職し、オランダに約9年在住する。帰国後はフリービット株式会社(東証一部)の取締役(人事・長期戦略担当)を経て、2016年に株式会社リクシスを佐々木と共に創業。自身も30年に渡る介護経験者であり、認定NPO法人カタリバ理事なども兼任する。NHKクローズアップ現代などでも介護関連の有識者として出演。

著書:『ビジネスパーソンが介護離職をしてはいけないこれだけの理由』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2018)、『ビジネスケアラー 働きながら親の介護をする人たち』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2023)

 

「家族会」という奇跡的な成功事例がある

在宅介護をすすめている介護者(家族)は、誰もが、介護の負担に押しつぶされそうになっています。調査結果によっては、在宅介護をする介護者の64.5%が「抑うつ状態(うつ病一歩手前)」にあることが指摘されています。

そんな介護者にとって、ほとんど唯一の安らぎの場が「家族会」です。同じ境遇に置かれている人々が集い、愚痴を言い合い、情報を交換して助け合うことで、介護に関する不安が解消されるという報告は多数あります。本音が言えて、ストレスが発散され、精神状態がよくなるのです。

「家族会」に参加すればわかることですが「あと一歩で、要介護者を殺すところだった」という意見は、一般に信じられている以上に多数あります。ニュースで報道されるような事件は、決して極端な例ではないのです。ギリギリのところで「あと一歩」を踏みとどまっている人がたくさんいます。

もし、まだどこかの「家族会」に所属していないで、かつ、介護を一人で抱え込んでいるという実感がある場合は、ぜひ、ケアマネなどの力を借りて、自分にあった「家族会」を見つけて、所属することを検討してください。

 

「家族会」を「セルフヘルプ・グループ」として見た場合

介護に限らず、なんらかの困難を抱えた人同士が自発的に集まり、会の運営に主体性を持って、お互いの体験を共有し、ときに助け合うような集団のことを特に「セルフヘルプ・グループ(self help group)」と言います。

この「セルフヘルプ・グループ」の大事な特徴としては、グループの運用を、その道の専門家に任せないという点があります。専門職に任せないことによって、参加者の横の関係が強化され(=対等な関係)、専門職に聞けないことから主体性が刺激される(=専門職の役割の減縮)からです。

もともとは、アメリカで、1935年にアルコール依存症の人々がグループを立ち上げたのが始まりと言われます。その効果が認められ、後に、アルコール依存症のグループ以外にも広がっていきました。今では、様々な困難を抱える人々が、様々な形で「セルフヘルプ・グループ」を運用しています。

しかし、実は、介護をする家族のための「家族会」は(1)介護の専門職が主導しているケース(2)医療従事者が主導をしているケース(3)介護を終えた人が主導しているケース、が多いのです。これでは「セルフヘルプ・グループ」が本来備えているべき対等な関係や主体性が犠牲になっているのです。

それでも、先に述べたとおり、介護者にとっては大きな効果が認められています。理想的な「セルフペルプ・グループ」とは言えませんが、それでもなお、十分な効果があるのです。

 

「セルフヘルプ・グループ」における価値創造と消費のプロセス

「セルフヘルプ・グループ」は、まず、同じ困難を抱えている人や、同じ経験をした人が集まるというのが前提です。介護者の家族の「セルフヘルプ・グループ」であれば、介護者の家族以外の部外者は参加できないという排他性の原則が求められます。

「セルフヘルプ・グループ」が生み出しているのは、参加者が価値を創造し、また、別の参加者が創造した価値を消費するという、価値創造と消費のプロセスです。このプロセスを、研究論文(本間, 2009年)を参考に、もう少し詳しく考えてみます。

1. 気持ちの「わかちあい」

同じ困難を抱えていないとわかりあえない気持ちがあります。特に「要介護者を殺してしまいたいと思ったことがある」といったネガティブな感情は、溜め込んでしまうのではなく、同じような気持ちになったことのある人と「わかちあう」ことで、発散させる必要があります。自分で自分が恐ろしくなるような深刻な気持ちであっても「介護者あるある」というところに落ち着かせることで、気持ちは楽になるでしょう。

2. 情報の「わかちあい」

経験からしか得られない情報(例えば、評判の良いクリニックなど)を「わかちあう」のは非常に有益です。専門的な知識ではないにせよ、現場の経験から得られる知識というのは、力があります。悩んでいる仲間のために、よい情報を探したいという欲求も生まれるため、グループ全体の自発的な情報収集力も高まって行きます。結果として、一人ではとても知りえなかった情報を、グループに参加する皆が得られるようになります。

3. 考え方の「わかちあい」

最も重要なのが、困難を乗り越えるための考え方の「わかちあい」です。同じ困難を乗り越えた人がいるというだけでも勇気付けられます。さらに、困難を乗り越えるために、なにを、どのように考えればよいのかという具体的なところがわかります。その内容は、もしかしたら、専門家でも伝えられることかもしれません。しかし、同じ内容であっても、専門職から聞くよりも、実際にその困難を乗り越えた人から聞いたほうが、抵抗が少なく、スッと頭に入りやすいという点が重要です。

 

専門職は「セルフヘルプ・クリアリングハウス」を意識する必要がある

以上のような「セルフヘルプ・グループ」における価値創造と消費のプロセスは、医師と患者、ケアマネと介護者(家族)といった「タテの関係」からは発生しないのです。当事者同士の「ヨコの関係」でしか得られない価値もあるというところに、注意を払う必要があります。

しかし、先にも述べたとおり「家族会」は(1)介護の専門職が主導しているケース(2)医療従事者が主導をしているケース(3)介護を終えた人が主導しているケース、が多くなっています。

主導をしている専門家は、当事者ではない自分が主導することにより「タテの関係」が強調されないように心がける必要があります。また、専門家が活動の主体になってしまわないように、できるだけ当事者に運営を委ねていくことも重要でしょう。

実は、成功している「セルフヘルプ・グループ」は、むしろ専門職からの緊密な協力を得ているという指摘もあります。そうした、専門職の支援のあり方のモデルとして紹介されるのが「セルフヘルプ・クリアリングハウス(Self-Help Clearinghouse)」です。

「セルフヘルプ・クリアリングハウス」は、グループ運営に対する相談を受け付けたり、必要に応じて援助をする存在です。「セルフヘルプ・グループ」への直接的な介入はなるべく行わないで、お手伝いをしながら見守るといった存在です。

日本にも、こうした「セルフヘルプ・クリアリングハウス」を専門とする非営利組織が増えてきています。「家族会」の運営に困ったら、ネットで「セルフヘルプ・クリアリングハウス」を探してみるのも良いでしょう。

※参考文献
・渡辺道代, 『介護家族会の活動に期待される役割と可能性;若年認知症の先駆的な家族会調査から』, 盛岡大学短期大学部紀要 19, 53-61, 2009-06
・本間利通, 『セルフヘルプ・グループの特性』, 流通科学大学論集, 経済・経営情報編(2009年)
・谷本千恵, 『セルフヘルプ・グループ(SHG)の概念と援助効果に関する文献検討-看護職は SHG とどう関わるか-』, 石川看護雑誌 Ishikawa Journal of Nursing Vol.1, 2004
・松村香, 『介護者の抑うつ状態や介護負担感と『介護に関する困ったことや要望』に関する自由記述との関連』, 日本健康医学会雑誌 23(2), 125-135, 2014-07-31

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