デイサービスや施設でよく見かける「テーブルとイスの配置」について、ふと考えてみる。

デイサービスや施設でよく見かける「テーブルとイスの配置」について、ふと考えてみる。
この記事を書いた人

株式会社リクシス 酒井穣

株式会社リクシス 創業者・取締役 酒井 穣
慶應義塾大学理工学部卒。Tilburg大学経営学修士号(MBA)首席取得。商社にて新規事業開発に従事後、オランダの精密機器メーカーに光学系エンジニアとして転職し、オランダに約9年在住する。帰国後はフリービット株式会社(東証一部)の取締役(人事・長期戦略担当)を経て、2016年に株式会社リクシスを佐々木と共に創業。自身も30年に渡る介護経験者であり、認定NPO法人カタリバ理事なども兼任する。NHKクローズアップ現代などでも介護関連の有識者として出演。

著書:『ビジネスパーソンが介護離職をしてはいけないこれだけの理由』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2018)、『ビジネスケアラー 働きながら親の介護をする人たち』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2023)

 

これまで数えきれないほど多くの介護事業所を見学してきました。そこで、あることに気づいたのです。4人掛け、6人掛け、8人掛け…もっと多いところは、20人掛けの長いテーブルが用意されていました。何も疑問を持たずにその光景を見ていましたが、自分がもし、デイサービスに通い、そのなかの1席を案内されたらどのように感じるか、ふと考えてみました。

 

20人掛けのテーブル席に数時間座り続けるということ

車で迎えに来てもらい、デイサービスに到着。暖かく迎え入れられ、自分の名前が書かれた席札が置かれた席に案内されます。左隣にはよく隣の席になるAさん(女性利用者)が。彼女とはいつも天気やニュースの話題など、当たり障りのない会話をしています。

周りの人との距離が近いので、込み入った話しをする気にはなりません。右隣はいつも眠っているBさん(男性利用者)、前には周囲を気にせず、いつも歌をうたっているCさん(女性利用者)がいます。

トイレに行きたくなってきました。ふと立ち上がると、テレビを観ている数人以外の10名以上の視線が一気に集まります。これが嫌でなかなかトイレに行きづらいです。おまけに、足が悪い私は1人でトイレに行こうとすると大きな声で介護職員が遠くから私を呼び「○○さん、一緒にトイレへ行きましょう!」と言ってきます。

悪い人ではないけれど、その声でまた視線が一気に集まるのが嫌でしょうがないことは、わかってほしいのです。ですが、とにかくトイレに入るとほっとします。そこが唯一1人になれる時間だからです。ですが、ずっとトイレで座っていると腰が痛くなってきました。少し立ちたいけれど、動きづらいです。

 

昼食です。シーンとした場所で、周りの人が物音を立てると気になります。次はレクの時間になりました。今日はクイズ大会です。食後で眠たくなっているので、少し昼寝をしたいけれど、なかなか言い出せる雰囲気ではありません。仕方なく、クイズに参加するほかないのです。

認知症を持つDさん(男性)が、そこで「帰りたい」と言い出しました。介護職員がなんとか席に戻そうと必死に対応しています。「わかる、わかる。帰りたいよね。わかる、わかる」思わず、心の中でつぶやいていました。やっと帰る時間になりました。今日も1日長く感じ、何だか気疲れしちゃいました。

 

固定されることの苦しさと理想の環境

上に示したのは極端な例です。しかし、このような気持ちで過ごされている利用者は割といるのではないでしょうか。「席を移動したい」と申し出れば、変えてくれると思います。しかし、そんなことを言い出せない雰囲気が、それと意図していなくても、自然にできてしまっていることはないでしょうか。

数時間過ごすデイサービス、さらに言えば、そこでずっと暮らし続けなくてはならない施設というのは、介護の宿命としてなくせません。であれば、そうしたところで、いかに利用者がくつろげる環境をつくるかが、とても重要になってくるでしょう。

では、くつろげる空間づくりには、どのようなポイントがあるのでしょうか。利用者がくつろいでいると感じるデイサービスや施設の共通点を、以下、いくつか考えてみました。あくまでも個人的な観察をベースとした参考意見であって、科学的な裏付けがあるわけではない点には注意してください。

1. 意外と、ごちゃごちゃしていた方がいい?

きれいに整列されたテーブルやイスは、それを動かしてはいけないというプレッシャーを与えるかもしれません。自宅がいつも整頓されている人は、それほど多くないのではないでしょうか。「生活感」という言葉は、否定的な意味で使われることも多いですが、本当は、人間がくつろぐために重要な要素かもしれません。

2. 環境にも選択肢(自己決定権)があるということ

仲良し3人組の利用者同士は、集まって座れる4人掛けのテーブルへ、1人でゆっくりしたい利用者は誰の視界にも入りにくい場所で1人で座るといった環境があれば理想かもしれません。なんとなく人とつながっていたい利用者のためには、カウンターのような席があったりすれば、嬉しいです。

3. 仮眠のしやすさにも配慮されている

眠いなか、無理矢理起きているのは、誰にとっても辛いことです。介護が必要な高齢者に限らず、少し疲れたとき気軽に利用できる仮眠スペースがあると、実際にそこを使うかどうかに関わらず、心地よい環境になるかもしれません。

 

理想の環境が作れないとしても・・・

先にあげたような理想の環境を整えるには、どうしてもお金が必要になります。それだけのお金をかけられる、財務的に余裕のある介護事業者は、そんなにたくさんありません。そうなると、先のような環境について議論をし、考えたとしても、実際にそうした環境が作れないということも多いでしょう。

では、もうなにも利用者のためにできることはないのかというと、そうでもありません。最後に一つ、くつろぎやすい環境にとって、もしかしたらもっとも重要なのは、介護職員が落ち着いているということです。いつもバタバタしている介護職員がいると、利用者がくつろぎを感じることは難しいはずだからです。

介護現場で、いかに利用者がくつろげるかという視点は重要です。はっきりしたことは言えませんが、安心感が得られる環境にいる利用者の場合、認知症の進行がゆるやかになる可能性が指摘されることもあります。くつろぎというのは、あればよいものではなく、本当は、なくてはならないものかもしれないのです。

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