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高齢者の「閉じこもり」を解決するための3つのステップ

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この記事を書いた人

株式会社リクシス 酒井穣

株式会社リクシス 創業者・取締役 酒井 穣
慶應義塾大学理工学部卒。Tilburg大学経営学修士号(MBA)首席取得。商社にて新規事業開発に従事後、オランダの精密機器メーカーに光学系エンジニアとして転職し、オランダに約9年在住する。帰国後はフリービット株式会社(東証一部)の取締役(人事・長期戦略担当)を経て、2016年に株式会社リクシスを佐々木と共に創業。自身も30年に渡る介護経験者であり、認定NPO法人カタリバ理事なども兼任する。NHKクローズアップ現代などでも介護関連の有識者として出演。

著書:『ビジネスパーソンが介護離職をしてはいけないこれだけの理由』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2018)、『ビジネスケアラー 働きながら親の介護をする人たち』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2023)

 

高齢者の「閉じこもり」とは?

高齢者の「閉じこもり」とは、どのような状態でしょうか。なかなか定義が難しい話ではあるものの、一般的な基準としては、週1回以上外出していない場合に「閉じこもり」の状態とみなされます。現実には、外出していればよいというものでもないのですが、基準は理解しておく必要があります。

「閉じこもり」の状態になると、日常生活の活動量が減ってしまうため、廃用症候群のリスクが高まります。また、心と体の状態がどんどん悪化する負のループにはまり、寝たきりになるリスクも上がります。そして「閉じこもり」は、認知症の発症にもつながると言われているのです。

こうした「閉じこもり」の状態になる要因としては、3つのことが考えられています。1つめは健康状態の悪化といった身体的要因です。2つめは「寂しさ」や「無力感」といった精神的要因です。そして3つめは「単身世帯」であることや「引っ越したばかりで地域になじめない」といった社会環境要因です。

この3つの要因を理解すれば明らかなとおり、これは程度の問題でもあります。いかなる高齢者でも、この3つの要因が全てゼロということはありません。そして、どれか一つだけでも高いレベルにあると「閉じこもり」は起こってしまう可能性があるのです。

人間は社会的動物であり、こうした「閉じこもり」は自然な状態ではありません。そうした不自然な状態にあると、様々な病気の発症にもつながってしまいます。これを避けるため、その高齢者の家族以外にも多くの人々が関わり、苦悩しています。

 

「閉じこもり」高齢者の支援に欠かせない3つのステップ

「閉じこもり」の状態にある高齢者の支援は、2006年の介護保険法改正から、地域住民の相互扶助力(そうごふじょりょく / 互いに助け合う力)を活用して取り組んでいくことになりました。では、その現実は、どのようになっているのでしょう。

こうした「閉じこもり」の状態にある高齢者の支援には、3つのステップが欠かせません。それらは(1)対象者の発見(2)誘い出し(3)集団活動の場づくり、です。以下、それぞれのステップについて、簡単にまとめてみます。

1. 対象者の発見

まず、どこの誰が「閉じこもり」の状態にあるのか、把握することからはじまります(対象者の発見)。このステップにおいて、地域包括支援センターとともに活躍しているのが民生委員です。その他に、新聞、乳酸菌飲料、弁当の配達員、マンションの管理員などが、日々の業務の延長線上で、多くはボランティアとして高齢者の安否確認を行ってくれています。こうした多様な担い手をどんどん増やし、地域包括支援センターと情報共有できるシステムを構築していくことが求められています。

2. 誘い出し

「閉じこもり」の状態にある高齢者を見つけたら、次は、なんとか外出に向かわせないとなりません。とはいえ、当然、本人の意思を尊重する必要があるので、かなり難しいステップになります。現在は、地域包括支援センターの職員、民生委員、保健福祉協力委員、町会長、老人クラブの役員、ボランティアグループのリーダーなどが、これを担ってくれています。はじめは、高齢者から強く拒否されることも多いので、まずはしっかりとした信頼関係を築くことからはじまります。このステップは、よほど知識と経験をもった人材でないと対応が難しいのが現実です。

3. 集団活動の場づくり

外出してくれたとして、どこに行けばよいのでしょう。このステップでは、高齢者が継続して参加したいという場が必要になります。ボランティア、自治体、老人クラブ、保健福祉協力委員、地域包括支援センター、社会福祉協議会などが、こうした集団活動の場づくりをしてくれています。具体的には、体操、料理教室、カラオケなど、高齢者向けに多様な場が地域で作られています。こういった場の運営は、地域住民にとってもやりがいになり、地域活性化の一環として全国で実施されています。場づくり自体も、介護予防としての意味を持っていたりもします。

 

もっとも難しいのは「誘い出し」のステップ

それぞれのステップを実際に経験してみると、圧倒的に重要であり、かつ困難を極めるのは「誘い出し」のステップです。いくら対象者を発見しても、いくら集団活動の場づくりを活発におこなっても「誘い出し」が出来ないと無意味になってしまいますから、重要性については自明でしょう。

そもそも「閉じこもり」の状態になってしまっている高齢者は、ある意味で、社会を拒絶しています。社会のなにかに傷つき、恨み、そこに恐怖の気持ちを持っていることもあります。そうした高齢者が心を開いてくれるような存在になるためには、かなりの時間とコミュニケーション能力が必要です。

とにかく、このステップは、高齢者の強い拒否からはじまることが多いのです。ドアにある郵便受けの小さな窓から「◯◯さーん!」と声をかけ続け、時に水をかけられ、罵声を浴びながらも、あきらめずに現場に通い続けるような毎日になります。

とても苦しくて辛いステップではありますが、そうして「閉じこもり」の状態にあった高齢者が心を開いてくれたときの喜びは、筆舌に尽くしがたいものです。上手くいかないこともありますが、やりがいもある社会的な仕事です。

 

繰り返しになりますが、この仕事は、どうしても、高齢者と長期的に関係性を築くことができる人でないと勤まりません。できれば、地域包括支援センターに「誘い出し」を専門に行う職員を配置できたらと思いますが、社会福祉の財政難の今、これは現実的ではないでしょう。

実際には、現在この「誘い出し」のステップに関わっている人の中で成功事例を共有しつつ、能力を高めていくしかありません。稀にですが、このステップにおいて、天才的な能力を発揮する人材がいます。そうした人材の行動を分析し、マニュアルとして整えていく活動も求められています。

 

※参考文献
・松本 暢子, 佐藤 智美, 『東京都における高齢者福祉サービスに関する研究—基礎自治体による見守りサービスの取り組みに関する考察—』, 社会情報学研究20, 101-110, 2011年
・森岡 淳子, 『開かれた福祉ネットワークを構築し地域課題の解決に取り組む』, 生協運営資料265, 20-34, 2010年
・安村 誠司, 『閉じこもり予防・支援マニュアル』, 厚生労働省, 2009年
・竹内 孝仁, 『高齢者支援をめぐる課題—孤立化,引きこもり高齢者への対応—』, 社会福祉研究89, 31-32, 2004年
・栗原(若狭) 律子, 桂 敏樹, 『ひとり暮らし高齢者の「閉じこもり」予防および社会活動への参加に関連する要因』, 日農医誌52(1), 65-79, 2003年

 

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