仕事、育児、そして介護。すべてを一人でこなすのは、思っている以上に大変なことです。今回は、ダブルケアと仕事の両立を8年続けている田村さんに、日々の時間の使い方や気持ちの切り替え方について伺いました。
これを読めば、忙しい毎日を乗り切るヒントが、きっと見つかるはずです。
室津瞳(以下、室津):こんにちは、室津です。本日は、育児と介護のダブルケアを一人で担いながら、大手金融機関で管理職として働く田村さんに、実際の工夫や想いを伺っていきます。田村さん、どうぞよろしくお願いします。
田村あきこ(以下、田村):こちらこそ、よろしくお願いします。
室津:まず、田村さんのご家族の状況について教えていただけますか?
田村:はい。母は要介護4で身体障がい1級です。在宅で介護をしていて、車いすと電動ベッドを使い、訪問介護や通所リハビリのサービスを利用しています。夫は仕事が非常に忙しく、家庭のことはほとんど私が担っています。子どもは、長男が高校1年生、次男が中学2年生です。
室津:お話を聞いているだけでも、かなり忙しいご様子ですね。普段はどのようなスケジュールで動かれているのでしょうか?
田村:朝4時に起床して家事を済ませ、5時から業務を始めます。在宅勤務とはいえ、会議や業務が立て込んでいるので、その合間に母の食事や排泄の介助を行っています。
室津:お仕事、介護、家庭のこと、それぞれに求められる集中力も違いますよね。頭の切り替えは大変ではありませんか?
田村:本当にそうなんです。昼休憩も母のケアに追われることが多く、病院やケアマネージャーさんからの連絡も日中に入ってきます。仕事で複数のプロジェクトを並行するのは得意な方ですが、介護と仕事では使う言葉や時間感覚が違うため、頭の切り替えが追いつかないこともあります。急な電話対応では、「すみません、今別の作業中で混乱してしまっていて…」と正直に伝えることもあります。
室津:本来ならリフレッシュできるはずの休憩時間も、ご家族のケアで埋まってしまうのですね…。それでも真摯に対応されている田村さんのお話に、胸が熱くなります。
室津:こうした毎日のなかで、特に大変だと感じることは何でしょうか?
田村:やはり「自分が抜けられない」ということですね。母の介護も子どもたちの生活も、私が支えているので、私が不在になると日常生活が立ち行かなくなります。
室津:それは精神的にも大きな負担になりますね。
田村:はい。さらに、自分自身のケアがおろそかになりがちで、通院や美容院に行く時間を確保するのも難しい状況です。
室津:お仕事面では、何か課題を感じることはありますか?
田村:あります。現在の職場では「育児をしながら働く」ことへの理解は進んでいますが、「育児と介護を同時に抱える」状況はまだ前例がなく、周囲に説明するのにもひと苦労です。雑談の中で介護の話題が出ることは増えていますが、「育児と介護のダブルケア」まではなかなか想像が及ばない方が多いようです。
室津:たしかに、前例がないと周囲も具体的なイメージを持ちづらい分、当事者側に負担がかかってしまいますね。
田村:はい。ですので、仕事の調整が必要な際も、単に「家庭の事情」と伝えるだけではなく、丁寧に状況を説明するよう心がけています。でも、それもなかなかエネルギーが要る作業です…。
室津:お忙しいなかで、周囲への説明にまで心を砕かれているのですね。本当に頭が下がります。
室津:そんな中でも、日々を回すために工夫されていることはありますか?
田村:はい。まず、「すべてを自分でやろうとしない」と決めました。やらないことを決め、家族にもできることは任せるようにしています。
室津:具体的にはどのような工夫を?
田村:例えば、母とはアレクサを使って連絡を取り合っています。「勤務中は話しかけない」と約束してはいるのですが、急な予定変更などはスピーカー経由で伝えてもらっています。大切な会議中はスピーカーをミュートにして、スマホアプリで通知だけ確認するようにしています。
室津:それはとてもスマートな工夫ですね!ほかにもありますか?
田村:はい。家事負担を減らすために、洗濯機は乾燥まで自動のものを使い、買い物はネットスーパーを活用。休日の食事も、無理に作ろうとせず「作らない日」と決めています。
室津:お仕事の面ではいかがでしょう?
田村:職場では、意識的に雑談の中で「育児と介護が重なっている」状況を伝えるようにしています。お互いのプライベートを少しずつ共有しながら、支え合える関係を築きたいと思っています。
室津:ここまで伺って、田村さんご自身の時間はどのくらい確保できていますか?
田村:正直、ほとんどありません…。今は仕事をしている時間が、自分自身の時間になっています。
室津:仕事を通じて自分らしさを取り戻す時間になっているのですね。実は、同じように両立されている方々の中にも、そうおっしゃる方が多いんです。
田村:今後は、意識して1日10分でもいいから、自分のメンテナンス時間を取りたいですね。健康診断の再検査も控えていますし…。
室津:お話を伺い、ダブルケアと仕事の両立には、日々の「同時進行」と「切り替え」のバランスがとても重要だと改めて感じました。
田村:そうですね。ダブルケアを続ける中で、少しずつ自分なりのペースが見えてきた気がしますが、まだまだ試行錯誤の連続です。
室津:田村さんの工夫や努力は、同じように悩む方にとって大きな希望になります。一歩一歩の積み重ねが、未来を少しずつ変えていくのですね。
田村:そう言っていただけると嬉しいです。自己犠牲になりすぎないようにしながら、仕事でも家庭でも、できるだけ笑顔で過ごしていきたいです。
田村さんのお話から、ダブルケアの厳しさと、それを乗り越えるための細やかな工夫が伝わってきました。「完璧じゃなくても大丈夫」という温かいメッセージが、同じように悩む誰かの心をそっと軽くしてくれる、そんなインタビューになりました。
NPO法人こだまの集い代表理事 / 株式会社チェンジウェーブグループ シニアプロフェッショナル / ダブルケアスペシャリスト / 杏林大学保健学部 老年実習指導教員
介護職・看護師として病院・福祉施設での実務経験を経て、令和元年に「NPO法人こだまの集い」を設立。自身の育児・介護・仕事が重なった約8年間のダブルケア経験をもとに、現場の声を社会に届けながら、働きながらケアと向き合える仕組みづくりを進めている。
【編著書】『育児と介護のダブルケア ― 事例からひもとく連携・支援の実際』(中央法規出版)【監修】『1000人の「そこが知りたい!」を集めました 共倒れしない介護』(オレンジページ)
岩瀬良子(いわせ・りょうこ) 介護支援専門員(ケアマネジャー)・介護福祉士 京都大学卒業後、介護福祉士として、介護老人保健施設・小規模多機能型居宅介護・訪問介護(ヘルパー)の現場に従事。その後、育休中に取得した介護支援専門員の資格を活かし、居宅ケアマネジャーのキャリアを積む。「地域ぐるみの介護」と「納得のいく看取り」を志している。